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獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編

獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編(日本獣医師会雑誌 第69巻(平成28年)第4号掲載)

症例:犬,キャバリア・キング・チャールズ・スパニエル,雄,5 カ月齢,トリコロール

既往歴:なし

主訴:止血異常

現病歴:生後3 カ月にワクチンを接種したところ,接種部位に鶏卵大の血腫が形成された.また,血腫が消退した1 カ月後には,下腹部から内股部に及ぶ広範な紫斑(自発性皮下出血)が認められた(図1)ため,止血異常の精査を目的に当院を受診した.

当院初診時の身体検査所見:体重3.85kg,体温38.9℃,心拍数132/min,呼吸数28/min であった.この時には出血症状は観察されなかった.触診,聴診でも異常を認めなかった.

血液検査所見(表1):軽度の貧血と血小板数の減少を認めた.また,末梢血塗抹標本では,大型ないし巨大血小板が散在していた(図2).

血液凝固検査所見(表2):APTTの重度の延長を認めた.PT と血漿フィブリノゲン濃度には異常はなかった.


質問1:本症例のように血液検査で血小板数の減少が認められた時に,診断を進める上で注意すべき事項を記しなさい.

質問2:本症例には感染症など基礎疾患はなく,止血異常だけが主徴である.また,薬物や毒物の摂取もない.この症例の血小板数の減少について,もっとも可能性のある診断名を記しなさい.

質問3:本症例の止血異常の特徴を踏まえた上で,これを診断するための手順を記しなさい.

質問4:血友病の治療及び日常生活における注意事項を記しなさい.


図1 症状の外観
図2 末梢血塗抹標本
表1 血液検査所見
表2 血液凝固検査所見
解答と解説

質問1に対する解答と解説:
自動血球計数機で血小板数の減少がある場合には,血液塗抹標本で血小板の数と分布及び大きさを観察し,真の減少症であることを確認する.すなわち,血小板の凝集がないか,異常な形態の血小板,特に赤血球と区別できないような大型(赤血球と同じ大きさ)から巨大(赤血球の2 倍以上の大きさ)な血小板がないか,を観察する.

血小板数の減少が確認できたら,その原因を探索する.血小板減少症は,1)血小板産生の低下,2)血小板破壊の亢進,3)生体内での血小板分布の異常,によって生じる.


質問2に対する解答と解説:
本症例はキャバリア・キング・チャールズ・スパニエル種であること,血液塗抹標本で巨大血小板の散在が観察されたことから,先天性巨大血小板減少症の可能性が示唆される.

先天性巨大血小板減少症は,血小板数減少による出血傾向を認めない無症候性の病態であり,通常,治療の必要はない.したがって,本症例の止血異常は,血小板数の減少とは別の原因が考えられる.


質問3に対する解答と解説:
本症例では,血腫と腹部皮膚の広範な紫斑が特徴であることから,二次止血機構の異常が疑われる.また,血液凝固検査ではAPTT だけが延長しているので,凝固内因系経路に関わる因子(Ⅷ,Ⅸ,Ⅺ,Ⅻ,プレカリクレイン,高分子量キニノゲン)の異常を考えなければならない.これらのうち自発出血を発症するのは,通常,ⅧまたはⅨ因子の異常である.さらに本症例は,幼齢時に出血を発症しており,雄であることから,血友病A(Ⅷ因子欠乏)またはB(Ⅸ因子欠乏)をはじめに鑑別しなければならない.

血友病の簡易な鑑別法として補正試験がある.これは,正常血漿(数頭の健康な犬から採取したクエン酸血漿を混和したプール血漿)と正常血清(数頭の健康な犬から採取した血清を混和したプール血清)を,それぞれ本症例のクエン酸血漿に,20%,50%,80%に混和して,延長したAPTT が補正されるか否かを診る方法である.プール血漿にはすべての凝固因子が含まれるが,プール血清には第Ⅷ因子は含まれないか,ごくわずかに含まれるだけである.プール血漿とプール血清のこのような性質の違いを利用して,血友病A と他の内因系因子の異常を鑑別することができる.

本症例の補正試験の結果は,表3 のとおりである.プール血漿を20%添加した場合に延長していたAPTT は短縮(補正)されたが,プール血清を添加した場合にはほとんど変化しなかった.この結果から第Ⅷ因子欠乏が示唆された.最終診断のために凝固因子活性を測定したところ,第Ⅷ因子の活性だけが5.2%と著しく低下しており(表4),血友病A と診断した.


表3 補正試験
表4 血液凝固因子活性(%)

質問4に対する解答と解説:
血友病の治療の目的は,出血時の止血である.安静にして圧迫包帯を施し,出血が著しく貧血を発症している時には新鮮全血を輸血する.また,貧血がないか軽度であれば,新鮮血漿か新鮮凍結血漿の輸注でもよい.

日常生活では,激しい運動を制限し,負傷しないように注意することが大切である.


キーワード: 犬,血小板減少症,血液凝固検査,血友病,出血症状.