獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編(日本獣医師会雑誌 第69巻(平成28年)第8号掲載)
症例:猫(アメリカン・カール),9 カ月齢,雌.
主訴:不妊手術を希望し来院した.
一般身体検査所見:体重2.3kg(B.C.S.:2),T38.3℃,症例は削痩しており,聴診にて心音の聴取が困難であった.胸部単純X 線検査を実施したところ心陰影の拡大,心陰影と横隔膜陰影の重複が認められた(図1).
質問1:胸部単純X 線検査の結果から腹膜心膜横隔膜ヘルニア(PPDH)が疑われた.PPDH を診断する検査の中で優先度が低いものはどれか.
- a.消化管造影X 線検査
- b.心電図検査
- c.心エコー検査
- d.胸部CT 検査
質問2:PPDH の診断・治療に関して正しいものはどれか.
- a.先天性と後天性が存在する.
- b.臍(腹壁)ヘルニア,胸骨奇形,心奇形などの合併を生じやすい.
- c.手術はヘルニア孔の閉鎖が適応となり,早急に実施する必要がある.
- d.手術は開胸下での整復が必要である.
図1 胸部単純X 線検査(a:RL 像,b:VD 像)
解答と解説
質問1に対する解答と解説:
正解:d
PPDH は,心膜腔と腹膜腔が開存し交通することで腹腔内臓器が心膜腔内へ脱出する疾患である.PPDHの診断に関しては胸部単純X 線検査によって,疾患が示唆される.特徴的な所見として心陰影の拡大,横隔膜ラインと心臓尾側縁の重複,心陰影内の異常な脂肪またはガス・デンシティの存在が挙げられる.これは腹腔内から脱出した臓器によって心膜腔が拡大するとともに消化管内のガスや脂肪組織が入り込むために生じる.
消化管造影X 線検査は胃や腸が心膜腔内に入り込んでいる場合に有用であり,ヘルニア孔を介して嵌入している像が得られる(図2).
心電図検査は,心膜腔内への腹腔内臓器の移動に伴って心臓の位置が変化することで平均電気軸の変位やQRS 群の電位低下が認められることがある.
心エコー検査は有用な診断法であり心膜腔内に脱出した臓器及び組織が描出される(図3).
CT 検査やMRI 検査は診断及び詳細な評価に有用性が示されているものの,麻酔下での評価が必要となるため優先度としては低い.
質問2に対する解答と解説:
正解:b
猫(及び犬)のPPDH は胎生期の横中隔の発生異常によって,心膜腔と腹膜腔を連絡する開口部がそのまま腹側正中に遺残することで発生する先天性疾患である.近隣の上腹部や胸骨及び心臓等の奇形合併が報告されている.また,ヒトと異なり心囊膜と横隔膜は完全に独立しているため後天的(外傷性)に発症することはない.
PPDH に起因する臨床症状は嘔吐,下痢,食欲不振,体重減少,腹部痛,発咳,呼吸困難,喘鳴などの消化器症状や呼吸器症状がある.ショックや虚脱も起こり得るものの,多くは無徴候であり偶発所見として発見さることも多い.治療は外科的なヘルニア孔の閉鎖が適応となるものの,臨床徴候が認められない症例に関しては必ずしも手術が必要とは考えられておらず,経過観察などの保存療法も選択枝となる.しかしながら,長期経過によって臓器癒着などの危険性が高まるため慎重な判断が必要である.手術アプローチに関しては,上腹部正中切開にて腹側から心膜腔内に脱出した臓器を整復しヘルニア孔を閉鎖する術式が一般的であるが,脱出臓器の癒着や嵌頓が予想される場合は“牽引”による臓器損傷を避けるため開胸による心膜腔への直接アプローチを実施する場合もある(図4).
キーワード: 消化管造影X 線検査,開胸手術,猫,腹膜心膜横隔膜ヘルニア