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獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編

獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編(日本獣医師会雑誌 第70巻(平成29年)第1号掲載)

症例:日本猫,8 歳7 カ月,去勢雄,体重2.74kg.5カ月前から,若干痩せてきたことと,3 カ月前から間欠的な嘔吐がみられるようになり,体重減少が著明になったことを主訴に来院した.活動性や食欲はあり,下痢は認められず正常な排便があるとのこと.

初診時身体検査所見:体温38.1℃,心拍数198/min,呼吸数48/min.
腹部触診において,右上腹部に表面不整な直径3cm 程度の硬い腫瘤が触知された.腫瘤は,辺縁不明瞭であったが比較的可動性が認められた.心音・肺音に異常所見は認められなかったが,皮膚ツルゴールの軽度延長が認められた.
本症例に対して探査的に血液検査及び胸腹部X 線検査を実施した.血液検査では,低アルブミン血症が認められた.また,腹部X 線検査において図1 に示す異常所見が認められた.胸部X 線検査において異常所見は認められなかった.


質問1:猫において,間欠的な嘔吐並びに上腹部に腫瘤を形成する疾患について鑑別診断をあげよ.

質問2:本症例に対して実施すべき検査は何か.


図1 腹部単純X 線検査像
(A:側面像,B:腹背像)
胸部X 線検査では, 著変を認めなかったが,腹部X 線検査右上腹部領域において漿膜ディテールが不鮮明であった.
解答と解説

質問1に対する解答と解説:
本症例では,血液検査結果などから代謝性疾患は否定的であったため,間欠的な嘔吐の原因として上部消化管の異常を考慮しなければならない.口腔の異常,咽喉頭部・食道の異常,前胸部の腫瘍,胃,及び小腸の異常などがあげられ,さらに閉塞性疾患として異物及び腫瘍を考慮する必要がある.この中で上腹部(消化管)に腫瘤を形成する疾患としては,異物,肉芽腫,リンパ腫,胃・小腸腺癌,肥満細胞腫,平滑筋腫(肉腫)などを鑑別しなければならない.その他,間接的に嘔吐に関連する疾患としては,肝臓あるいは膵臓腫瘍などがあげられる.

近年,猫においてfeline gastrointestinal eosino-philic sclerosing fibroplasia(GESF:猫消化管好酸球性硬化性線維増殖症)と呼ばれる疾患が報告されている.この疾患は幽門付近及び回盲部(及び領域リンパ節)において,好酸球浸潤並びに粘膜下から筋層にかけての高度な線維化を特徴とする腫瘤病変が消化管に形成されることが特徴である.2009年に発表されたCraig らの報告によると,診断時の年齢中央値は8.8 歳(14 週~16 歳),比較的長い経過の嘔吐を主訴に来院する症例が最も多く(84%,21 例/25 例),次に体重減少(68%,15/22)であり,回盲部に発生した場合は下痢を伴うと報告されている.身体検査では,比較的大きく硬い腫瘤が腹腔内に触知されることが多く,血液検査では好酸球増多症が認められることがある.GESF が原因となり胆汁排泄障害が生じた場合は黄疸を呈することもある.腫瘤内に細菌が検出されることが多いことから,好酸球性胃炎あるいは腸炎に細菌感染が併発することがGESF の病態発生に関連していると推測されている.猫において,間欠的な慢性嘔吐を示し,上腹部に腫瘤が認められる場合は,本疾患も鑑別診断に加える必要がある.


質問2に対する解答と解説:
本症例のように,上腹部に腫瘤病変が触知された場合は,次の検査として超音波検査,上部消化管内視鏡検査(+生検),上部消化管造影X 線検査,CT検査,針吸引生検(FNA)などが考慮される.中でも,最初に実施するスクリーニング検査として腹部超音波検査が推奨される.

本症例の腹部超音波検査では,胃幽門部にやや低エコーを示す腫瘤病変が観察された(図2).腫瘤は胃幽門部の壁が著明に肥厚して形成されており,壁の厚さは最も厚い部分において約1.5cm であった.また,胃リンパ節の腫大が認められた.同時に,超音波ガイド下でFNA による細胞診を実施したところ,図3 に示すように好酸球,リンパ球,プラズマ細胞及び肥満細胞が観察され,いずれの細胞にも異型は認められなかった.細胞診では確定診断に至らなかったため,本症例では開腹下において肥厚した胃幽門部の全層生検を実施した(図4).採取した生検組織の病理組織学的検査において本症例はGESF と診断された.本症例は確定診断後,プレドニゾロン及び抗菌剤にて治療を開始したところ,腫瘤は縮小し,嘔吐,体重減少も徐々に改善した.治療開始から約800 日経過した現在,プレドニゾロンを漸減しながら,治療を継続し,腫瘤は残存しているものの良好に経過している.

GESF はリンパ腫,肥満細胞腫などの腫瘍性疾患との鑑別が重要であるが,画像診断による鑑別は困難であり,また,FNA による細胞診あるいは内視鏡下生検では確定診断が困難なことが多いことから確定診断のために外科的生検が有用な場合がある.診断後はプレドニゾロン及び抗菌剤による内科的治療(場合によっては外科的切除)が推奨されている.治療に対する反応が良ければ予後は比較的良好であるが,反応しない場合は予後不良となることがある.


図2 上腹部腫瘤(胃幽門部)の超音波検査像
上腹部腫瘤は胃幽門部に存在ししていた.
幽門部胃壁の全周性肥厚(1.5cm)が全周性に観察された.
図3 FNA による細胞診像
好酸球,リンパ球,プラズマ細胞及び肥満細胞が認められた.
図4 腫瘤の肉眼像
開腹下での胃幽門部の全層生検を実施した.

参考文献
  • [ 1 ] Craig LE, Hardam EE, Hertzke DM, Flatland B, Rohrbach BW, Moore RR : Feline gastrointestinal eosinophilic sclerosing fibroplasia, Vet Pathol, 46(1):63-70 (2009)
  • [ 2 ] Weissman A, Penninck D, Webster C, Hecht S, Keating J, Craig LE : Ultrasonographic and clini-copathological features of feline gastrointestinal eosinophilic sclerosing fibroplasia in four cats, J Feline Med Surg, 15(2):148-154 (2013)
  • [ 3 ] Grau-Roma L, Galindo-Cardiel I, Isidoro-Ayza M, Fernandez M, Majó N : A case of feline gastrointestinal eosinophilic sclerosing fibroplasia associated with phycomycetes, J Comp Pathol, 151(4):318-321 (2014)
  • [ 4 ] Linton M, Nimmo JS, Norris JM, Churcher R, Haynes S, Zoltowska A, Hughes S, Lessels NS, Wright M, Malik R : Feline gastrointestinal eosinophilic sclerosing fibroplasia: 13 cases and review of an emerging clinical entity, J Feline Med Surg, 17(5):392-404 (2015)

キーワード: 猫,間欠的な慢性嘔吐,上部消化管腫瘤,リンパ節腫大,猫消化管好酸球性硬化性線維増殖症