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獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編

獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編(日本獣医師会雑誌 第70巻(平成29年)第6号掲載)

症例:シーズー,未去勢雄,8 歳.

主訴:2 週間前から食欲低下し,徐々に元気消失して震えるようになった.

一般身体検査所見:体重7.6kg(BCS:2)体温38.3℃,心拍数160/ 分,血圧146/102mmHg,その他,聴診,触診,視診に異常は認められなかった.

胸部・腹部X 線検査所見:前立腺軽度腫大以外は顕著な異常は認められなかった.

心エコー,腹部エコー検査所見:特に異常は認められなかった.

血液及び血液化学検査所見:(表1,2):BUN の軽度上昇,顕著なALB の低下,TCHO の上昇を認めた.追加検査でアンチトロンビンⅢは26%と低値だった.

尿検査所見:(表3):顕著な蛋白尿が認められた(UPC:17.2).尿沈渣は特に異常なく,尿培養は陰性だった.尿蛋白電気泳動では,顕著なアルブミン分画が認められた(図1).


質問1:本症例の暫定診断名は何か.

質問2:暫定診断名に基づき追加検査をどのように行う必要があるか.

質問3:治療を行う際,どのようなことを考慮していかなければならないか.


表1 血液検査所見


表2 血液化学検査所見


表3 尿検査所見
図1 尿蛋白分画
解答と解説

質問1に対する解答と解説:
本症例の特徴的な所見は,重度の蛋白尿と低アルブミン血症である.また,蛋白尿の主体はアルブミンであることから糸球体疾患が疑われ,高コレステロール血症も認められたことから,臨床的に胸水や腹水,浮腫は観察されなかったものの,ネフローゼ症候群を発症していると考えられる.


質問2に対する解答と解説:
IRIS(International Renal Interest Society)は,2013 年に蛋白尿を伴う糸球体疾患が疑われる症例の評価についてのガイドラインを発表している.そのガイドラインに沿って診断を行っていくことが推奨される.まずは糸球体疾患を併発する感染症を検査する.犬糸状虫,バベシア,ブルセラ,レプトスピラ,マイコプラズマなどがある.また,トリパノゾーマやロッキー紅斑熱など日本での発症がきわめてまれな疾患もあるが,これらの検査は,飼育環境や海外旅行歴から判断して検査を行う.次に,糸球体に二次的に障害を与えることがある内分泌疾患(副腎皮質機能亢進症など)腫瘍,子宮蓄膿症や膵炎などの炎症性疾患,免疫介在性疾患(SLE など)など,腎臓以外の臨床徴候の有無を考慮する.以上の疾患が除外されれば,糸球体疾患と診断される.


質問3に対する解答と解説:
糸球体疾患の治療目的は,早期に原因を追究し治療を行うことで病態の進行を抑制することである.なぜなら過剰な蛋白尿は,尿細管での炎症を介して尿細管間質の線維化を招く.そのことにより機能ネフロンが減少し,代償機構により残存ネフロンに負担がかかる.それは糸球体の肥大化と糸球体静水圧の上昇が新たな蛋白尿を起こし,経過によっては糸球体硬化を招くことになるからである.したがって,糸球体硬化やボーマン囊壁の癒着などの不可逆的なリモデリングがなく,糸球体係蹄壁の肥厚や尿細管間質に著変がみられない初期の病期から治療を開始することが理想である.ガイドラインでは,糸球体疾患をアミロイドーシス,免疫介在性糸球体疾患,非免疫介在性糸球体疾患の3 つの大きな病型分類に分けている.これらを判断するために腎生検による精査を推奨している.実施するには,光学顕微鏡検査(光顕),電子顕微鏡検査(電顕),免疫染色蛍光抗体法(免染)が前提となる.光顕のみでは免疫介在性の有無は不明である.これらの病理組織学的検査に基づいて免疫介在性糸球体疾患と診断されれば,免疫抑制剤の投与が考慮される.しかし,IRIS 分類のステージ4 や腎萎縮など病期が進行している症例,凝固異常や感染症などで腎生検を行えない症例,行ったとしても予後や治療法が変わらないと想定される場合もある.もし何らかの理由で行えない場合は,まず蛋白尿を減少させることを目的とした標準療法が推奨される.すなわちRAAS(レニン─アンギオテンシン─アルドステロン系)抑制療法,食餌療法,抗血栓療法,抗高血圧療法,輸液及び利尿剤療法などである.それにもかかわらず,良化傾向がみられず病態が進行する場合は,免疫抑制療法の除外基準に当てはまらなければ,免疫抑制療法を考慮することも推奨されている.その場合,免疫疾患と確定しないまま行う療法に関して議論があることを慎重にインフォームドコンセントすることが重要であり,療法中のモニターもしっかり行わなければならない.

本症例は,開腹下で腎生検を行った.ガイドラインでは推奨されない光顕(図2,3,4)のみであったが,UPC が高値となるといわれているアミロイドーシスは光顕で否定された.尿細管脱落壊死や間質の炎症は認められなかったが,糸球体血管基底膜の肥厚,メサンギウム領域の拡大とボウマン囊内の分泌物,糸球体硬化像が認められた.したがって,本症例は病態的には不可逆的な糸球体障害が進行していたと考えられた.一般的に,免疫抑制療法は,その評価が不明瞭なことが多い.これは病期の評価が十分考慮されていないために,治療の効果が異なることが考えられる.現在,獣医学領域では,糸球体疾患は大きな病型分類でしか分けられておらず,症例の集積も少ない.今後は病理組織学的評価と薬物療法との総合的な情報の集積が必要となるだろう.なお,腎生検による病理組織学的検査を行える日本の施設は限られており,腎生検を行う場合はしっかりと情報を把握してほしい.


図2 腎組織所見(HE 染色)
図3 腎組織所見(PAS 染色)
図4 腎組織所見(HE 染色)

参考文献
Littman MP, Daminet S, Grauer GF, Lees GE, van Dongen AM : Consensus recommendations for diagnostic investigation of dogs with suspected glomerular disease, Vet Intern Med, 27, Suppl 1, S19-26 (2013)


キーワード: 蛋白尿,低アルブミン血症,糸球体疾患,腎生検