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獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編

獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編(日本獣医師会雑誌 第71巻(平成30年)第2号掲載)

症例:6 歳齢,雌,柴犬.数カ月前より四肢のふらつきと頸部痛を示し,ステロイドによる治療により改善と再発を繰り返していたが,3 日前より頸部痛と起立困難になったという主訴で来院した.歩行観察では,かろうじて右前後肢で起立できるが,左前後肢はナックリングしており歩行しようとするとすぐに倒れる症状がみられた.意識レベルや行動には問題は認められず,触診では頸部付近で悲鳴をあげることがあり頸部痛の存在が疑われた.また,左前肢の明らかな筋肉量の低下が認められた.脳神経検査には異常を認めなかったが,四肢の神経学的検査は表1 のとおりであった.


質問1:症例の神経学的検査の結果から,どの脊髄分節の障害と考えられるか.

質問2:頸髄障害を疑い脊髄造影X 線検査を実施したところ図1 のような所見が得られた.この脊髄造影所見はどのような病変と考えられるか.

質問3:症例の疑われる疾患とその治療法を述べよ.


表1 症例の神経学的検査(0:消失1:低下2:正常)
図1 症例の脊髄造影X 線
解答と解説

質問1に対する解答と解説:
意識レベル,行動や脳神経検査では異常はなく,歩行困難が認められ,姿勢反応の低下が認められることから,今回の主訴は脊髄障害による症状であることが疑われる.脊髄の病変部位は,脊髄反射と筋肉の緊張度合いからその障害が下位運動ニューロン(LMN)あるいは上位運動ニューロン(UMN)どちらにあるのか鑑別を行い, 前肢及び後肢のUMN/LMN 徴候から脊髄における部位を決定する(表2 及び3)[1].脊髄反射は両前肢消失~低下,両後肢ともに正常であることから,前肢はLMN 徴候,後肢はUMN 徴候を示しており,C6-T2 の脊髄障害が考えられる.

表2 脊髄反射,筋肉の緊張からみたUMN及びLMNの鑑別
表3 脊髄反射の結果と病変部位

質問2に対する解答と解説:
脊髄造影により描出された脊髄の輪郭により脊髄に対する病変の位置を判定する.そのパターンは,硬膜外病変,硬膜内髄外病変及び髄内病変に分類される[1].本症例では,C6-7 の位置で側面像で造影柱により病変が縁どられており(島状陰影),VD像ではゴルフティ陰影を認めることから,硬膜内髄外病変と判断できる.


質問3に対する解答と解説:
硬膜内髄外病変を示す疾患としては,くも膜憩室や腫瘍[2]がある.くも膜憩室は,髄膜の局所領域に脳脊髄液が蓄積する状態であり,脊髄造影検査では,その部に造影剤が貯留した像(涙的状陰影)として描出される.本症例では,側面像で病変を囲むような島状陰影,VD 像ではゴルフティ陰影として描出されていることから脊髄腫瘍が考えられる.硬膜内髄外腫瘍には,髄膜腫及び神経鞘腫があげられる.

脊髄腫瘍に対する治療の選択肢として,外科的摘出術や放射線療法,化学療法があげられる.腫瘍の確定診断と脊髄圧迫を除去する目的では,外科的治療が実施されることが多い.本症例では,脊髄の左側に病変が存在することから外科的治療としては片側椎弓切除術による病変摘出が適切である.

本症例では,C6-7 で左側からの片側椎弓切除を行ったところ,硬膜内に腫瘤病変が確認され,硬膜切開により腫瘤を摘出した(図2).腫瘤の病理組織学的検査の結果,神経鞘腫と診断された.

脊髄腫瘍の予後は切除範囲や脊髄への浸潤程度,術前の脊髄障害の程度に依存する.近年では,画像診断の発展により腫瘍の浸潤範囲や脊髄自体の障害程度など重要な情報が得られるようになったことや腫瘍切除に関する手術報告が蓄積されてきたことにより,手術成績は向上している.今後は放射線療法や化学療法など追加治療に関する報告の蓄積によりさらなるQOL の向上が期待される.

図2 硬膜切開後の腫瘤の摘出

参考文献
  • [ 1 ] Wheeler SJ, Sharp NJH : Diagnostic aids, Small animal disorders: Diagnosis and Surgery, Wheeler SJ, et al eds, 2nd ed, 41-72, Elsevier Mosby, London (2005)
  • [ 2 ] Bagley RS : Spinal Neoplasms in Small Animals, Spinal disease, da Costa RC, et al eds, VET CLINN AM-SMALL, 40, 915-927 (2010)

キーワード: 犬,脊髄疾患,脊髄造影X 線検査,硬膜内髄外病変