女性獣医師応援ポータルサイト

文字サイズ

  • 標準
  • 拡大

獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編

獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編(日本獣医師会雑誌 第71巻(平成30年)第6号掲載)

症例:雑種ネコ,5 歳,未去勢オス

主訴:一昨日は,トイレに出たり入ったりしていた.昨日はちょっと吐いて元気がなかった.今日は動かなくなってしまった.

一般所見:体重5.0kg,体温30.0℃,横臥状態で意識は昏迷.聴診にて心音は遠かったが,股動脈は微弱なるも触知可能であった.また,腹部触診にてテニスボール大の硬化した膀胱を触知した.


以上の所見から緊急性疾患と判断し,心電図モニターを観察したところ,約3 分間に顕著に変化する不整脈を確認した(図1~4).なお,以下に示すすべての心電図は,1mv/10mm,50mm/sec で示されている.


質問1:この段階でどのような病態が考慮されるか.さらに次に行うべき検査または処置は何か.
「質問1 に対する解答と解説」を確認後,「質問2」へ

質問2:尿道閉塞解除後に注意すべきことは何か.
「質問2 に対する解答と解説」を確認後,「質問3」へ

質問3:カテーテル抜去後に注意すべきことは何か.


図1
図2
図3
図4
解答と解説

質問1に対する解答と解説:
稟告及び一般身体検査所見から,閉塞性の猫下部尿路疾患が疑われる.尿道閉塞により腎後性の急性腎障害が起き,高カリウム血症により心臓,神経,筋肉などの組織に影響がおきた.とりわけ心臓の刺激伝導系の異常が誘発され,血圧低下から虚脱を起こし低体温を呈したと考えられた.

高カリウム血症による特徴的な心電図異常は,高く先鋭化したT 波(テント状T),P 波消失,QRS幅の延長である.高カリウム血症が進行すると,変形したQRS(サインカーブ状QRS 波)がみられるようになる.これは心室細動から心停止がおこる切迫した状態を示唆している.

高カリウム血症の治療は,原因の解明と処置は当然であるが,高カリウム血症による生理的影響がどの程度あるかによっては,早急な処置が必要なこともある.すなわち,まずはじめに細胞膜の安定化及び心筋保護目的にグルコン酸カルシウム投与,さらにカリウムバランスの修復目的には,グルコース・インスリン療法,重炭酸ナトリウムの投与などが行われる.ただし,重炭酸ナトリウムの投与は,代謝性アシドーシスの補正のためにも理想的と思われがちだが,急速なpH の補正は低イオン化カルシウム血症を悪化させることがあるので,注意が必要である.

尿道閉塞が急激に起きるか,ゆっくりと形成されるかによって状況は異なるが,血液検査では,ほぼ24 時間は顕著な異常はみられない.48 時間までにBUN とCre の上昇がみられるようになり,48 時間を超えると血漿成分中の緩衝系物質の破綻がおき,電解質バランスが崩れ,血中カリウム濃度が上昇する.カリウムは膜電位の形成に重要な役割をはたしているため,カリウムの異常は致死的である.心電図でみていくと,高カリウム血症は,脱分極障害を起こし,P 波の消失は心房静止,QRS 幅の延長は心室内の伝導障害を示しており,重度になれば心停止となる.

本症例は,心電図の異常から切迫した状態と判断したため,グルコン酸カルシウム(カルチコール注)を心電図モニターをみながらゆっくりと静脈注射した.2.0ml 投与したところでQRS 波形がみられるようになった(図5).本来であれば,血液検査にて高カリウム血症を確認してから行われるべき処置であるが,本症例のような高カリウム血症を強く疑う臨床所見がそろっていれば,検査よりも緊急処置が優先されることもある.30 分後に血液データを確認することになったが,血液化学検査による顕著な異常値は,BUN 347mg/dl,Cre 18.1mg/dl,K 10.0mEq/l であった.

しかし,カルシウム投与による膜安定化効果は30 分程度しか持続しないため,早急に高カリウム血症の原因となっている尿道閉塞の解除を行わなければならない.解除に手間取る場合は,膀胱穿刺を行って一時的に膀胱内の尿を体外に排泄する方法もとられるが,膀胱破裂のリスクもあるので慎重に行うべきである.

本症例は,ペニス先端の尿道開口部よりカテーテルを挿入し,潤滑剤(キシロカインゼリー)をフラッシュしながら少しずつマッサージして閉塞物を除去することができた.カテーテルが膀胱内に入ると300ml の尿が排出された.膀胱内を温めた生理食塩水にて洗浄して,カテーテルをそのまま留置した.尿沈渣中にリン酸アンモンマグネシウム結晶が大量にみられた.同時に尿培養検査を行った.

応急処置として重炭酸ナトリウムの投与やグルコース・インスリン療法を行わなかった理由は,尿道閉塞解除がスムーズに行われたので,血中カリウム濃度は経過をみていけば低下していくと判断したためである.


質問2に対する解答と解説:
低体温に対するケア,心電図モニターと尿量及び点滴量のチェックが重要である.グルコン酸カルシウムの効果は30 分程度であり,QRS が出現したとはいえ,P 波はみられずQRS 幅も延長しているので,心電図モニターは一般状態のバロメーターである.ただし,モニターだけではテント状T の評価は難しいため,P 波の出現やQRS 幅に注目するほうがよい.また尿道閉塞解除後は,溶質利尿がおこるため,急激に尿量が増加する.そのため,尿量と点滴量のバランスが重要となる.本症例では,最初の12 時間では,尿量は13 ~ 22ml/kg/hr で推移した.心電図で2 時間後にP 波が出現し(図6),体温が上昇するにしたがって尿量は予想以上に増加したため,点滴(カリウムを含まない生理食塩水か乳酸リンゲル液などのアルカリ化多価電解質溶液)も脱水をさせないように注意が必要だった.12 時間後の血液検査では,K 4.1mEq/l,BUN 130,Cre 7.4だったため,不整脈の懸念はなくなったが,尿量モニターは引き続き必要だった.治療開始から72 時間で血液検査値はほぼ正常に復した.本症例は,食欲が出てきたため,膀胱カテーテルを抜去し経過観察した.


質問3に対する解答と解説:
猫下部尿路疾患の原因を追究し再発の防止に努めることは重要であるが,まずはスムーズな自力排尿を行うことができるか観察が必要である.重度の尿道炎を起こしていれば,排尿痛から排尿困難となる.また,尿道炎によって狭窄がおこることもある.さらに,重度の膀胱拡張を起こしたことによって引き起こされる膀胱アトニーの有無の確認が必要となる.以上の問題が解決されない場合,再発することが懸念される.もし再発を繰り返すようであれば,外科的に会陰尿道瘻などの尿路変更術が適応となる.


図5
図6

キーワード: 猫下部尿路疾患,尿道閉塞,高カリウム血症,閉塞解除後利尿