獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編(日本獣医師会雑誌 第71巻(平成30年)第10号掲載)
症例:犬,シェットランド・シープ・ドッグ,6 歳9カ月齢,去勢雄,体重6.3kg
病歴:1 カ月半前にドッグランにて運動後,左前肢負重性跛行を認めた.他院にて原因は特定できず,運動制限とNSAIDs による治療を開始したが,薬剤の副作用と考えられる消化器症状が出現し,症状の改善もみられなかった.治療開始より1 カ月後にCT 検査を含めた精査を目的に来院した.
主訴:左前肢負重性跛行
整形外科学的検査:左前肢─軽度筋委縮及び肘関節の伸展痛と捻髪音及び圧痛,右前肢─肘関節での捻髪音.その他異常なし.
血液検査所見:異常なし
X 線検査:単純X 線検査において,胸部・腹部を含め,左右の肘関節にも明らかな異常は認められなかった(図1).
CT 検査所見:左側上腕骨内側顆の軟骨下骨欠損像と周囲の骨硬化像を認めた.遊離骨片の存在は認められなかった(図2).
質問1:本症例で疑われる疾患と追加すべき検査は何か.
質問2:本症例で想定される肘関節疾患と治療法について答えよ.
解答と解説
質問1に対する解答と解説:
病歴,歩様と触診から本疾患では左側の肘関節領域の異常が最も強く疑われる.犬の最も一般的な肘関節疾患は肘関節形成不全(Canine Elbow Dysplasia: CED)であり,具体的には内側鉤状突起離断(Fragmented Medial Coronoid Process :FMCP)・骨軟骨症(Osteochondritis : OD)あるいは離断性骨軟骨症(Osteochondritis Dissecans :OCD),尺骨肘突起癒合不全(Ununited AnconealProcess : UAP)が考えられる.しかし,これらは成長期に多くみられる疾患であり,本症例は6 歳齢を過ぎての発症で,典型的な病態ではない.腫瘍性疾患は発症年齢から考えて考慮すべき鑑別診断にあげられる.CED を疑う症例のX 線検査では,側方像に加え,屈曲位側方像,及びVD 像あるいは斜位像の撮影が推奨される.これらの画像において,肘関節滑車切痕における軟骨化骨領域の骨硬化像(Sclerosis),内側鉤状突起領域の不整合性や透過性の低下,上腕骨内顆辺縁部の扁平化(Flattering)などの異常所見がないかを判読する.本症例ではこれらの変化は明らかでなく,腫瘍性病変を示唆する所見も得られなかった.CT 検査においては左側上腕骨内側顆の軟骨化骨における軟骨化骨欠損像と周囲の骨硬化を認めた.関節の不一致や遊離骨片は明らかでなかったことから,OD が最も疑われる.ただし,遊離骨片はCT 検査においても判別が困難な場合もあること,また,骨吸収や骨増生像はみられないものの,腫瘍性病変は否定しきれないため,追加検査としては関節鏡検査による目視での確定診断が推奨される.
質問2に対する解答と解説:
関節鏡検査から,上腕骨顆内側領域の軟骨層が広範囲で欠損しており,滑膜の肥厚・発赤がみられ,重度の滑膜炎と考えられる.遊離骨片や腫瘍性病変がみられないことから,OD の可能性も考えられるが,症例の年齢を考慮し,内側コンパートメント症候群(Medial Compartment Disease : MCD)と考えられる.
MCDは近年,肘関節形成異常を呈する疾患群として新たに提唱されており,肘関節の外側コンパートメント(橈骨骨頭,尺骨外側鉤状突起,上腕骨小頭)において重大な異常がなく,尺骨の鉤状突起や上腕骨顆内側面における関節軟骨の消失とそれに伴う臨床症状を呈する疾患と定義される[1].成長期におけるCED が徐々に進行し,最終的にMCDの病態を示すと考えられる.本症例は,おそらく経過が長く関節軟骨の摩耗が徐々に進行し,運動を契機に症状を呈するに至ったと考えられる.MCDの標準的な治療方法は確立されていないが,早期に診断され,関節軟骨の損傷が比較的軽度であれば,外科的治療も考慮される. 外科的治療法はSlidingHumeral Osteotomy(SHO),Proximl AbductionUlna Osteotomy(PAUL),Canine UnicompartmentalElbow(CUE),Total Elbow Replacement(TER)など複数考案されており[1, 2],肘関節内側にかかる圧力を外側へ遷移させる目的で骨切りあるいは関節面の置換が行われる.一方,本症例のように軟骨損傷が重度である場合,手術適応は困難であり,内科療法・保存療法を中心として,二次的な変形性関節症への進行を予防することに努める.内科療法としては,NSAIDs の投与,薬剤の関節内投与,軟骨保護を目的とした栄養補助食品の給餌が考えられる他,体重管理を適切に行い,肘関節に日常的な過度の荷重がかからないように注意するべきである.しかし,一般的にはこれらの内科的治療への反応は限定的と考えられていることから,内科治療の開始に当たっては十分なインフォームドコンセントを得ることが重要である.本症例では,ヒアルロン酸とトリアムシノロンの関節内注入のほか,カルプロフェンとグルコサミンの投与を行っているが,症状は徐々に進行がみられている.
参考文献
- [ 1 ] Franklin SP, Schulz KS, Karnes J, Cook JL : Theory and development of a unicompar tmental resurfacing system for treatment of medial compartment disease of the canine elbow, Vet Surg, 43, 765-773 (2014)
- [ 2 ] Fitzpatrick N, Yeadon R, Smith T, Schulz K : Techniques of application and initial clinical experience with sliding humeral osteotomy for treatment of medial compartment disease of the canine elbow, Vet Surg, 38, 261-278 (2009)
キーワード: 犬,前肢跛行,肘関節形成不全,骨軟骨症,内側コンパートメント症候群