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獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編

獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編(日本獣医師会雑誌 第72巻(令和元年)第4号掲載)

症例:猫,雑種,避妊雌,3 歳齢

既往歴:なし

主訴:1 歳半のころから左前肢の肉球の皮膚炎がある.

病歴:1 歳半のころ,左前肢の肉球が乾燥しひび割れのような症状を呈した.痛みを伴い,跛行を認めた.近医を受診しステロイド投与により一時的に改善するものの,完治には至らなかった.その後サプリメント投与,外用薬の塗布を行うも効果が認められなかった.左前肢の肉球の状態は菲薄化していき,柔らかくなってきた.左前肢の肉球には境界明瞭な肉芽腫様物が認められるようになった(図1).精査のために当院を受診.

身体検査:右後肢を除くすべての肉球に菲薄化が認められ,色調の変化が認められた(図1b).その他の身体検査所見として,脱水や黄疸などの異常所見は認められなかった.

血液検査・血液性化学検査:特記すべき所見は認められなかった.

胸部・腹部X 線検査特記すべき所見は認められなかった.


図1a 左前肢 肉眼所見
図1b 左後肢 肉眼所見

質問1:次に行う検査は何ですか.

〈質問1 に対する解答と解説を確認後,「質問2」へ〉


病理組織学的検査:潰瘍化が認められ,残存している表皮は異型性のないケラチノサイトによって構成されている(図2a).真皮~皮下組織にかけて,びまん性かつ中等度~重度の炎症性細胞浸潤が血管周囲性に生じている.炎症細胞の多くは形質細胞で,好中球・リンパ球・マクロファージが混在している(図2b).


図2a 病理組織低倍率HE 染色
図2b 炎症細胞高倍率HE 染色

質問2:考えられる疾患は何か.

質問3:本疾患に対して行うべき内科療法について概説し,治療前のインフォームドコンセントについて述べなさい.

解答と解説

質問1に対する解答と解説:
鑑別診断として,外傷・感染・骨折・免疫介在性疾患(形質細胞性足皮膚炎,血管炎など)・腫瘍随伴性皮膚炎などが考えられる.

まずは外傷・感染の除外のために患部の詳細な観察が必要である.骨折や骨の融解の評価には肢端部のX 線検査が有用である.当院での検査結果より,本症例はこれらについては否定的であった(図3).

次に腫瘍随伴性皮膚炎の可能性を考慮し,血液検査・X 線検査・腹部超音波検査が必要である.本症例はこれらの検査結果に特記すべき所見はなく,また経過も2 年近くと長期であるため腫瘍による影響は否定的であると思われた.


質問2に対する解答と解説:
確定診断には病理組織学的検査が必要である.本症例は病理所見と合わせ,合掌球が主病変であり,複数の肉球が柔らかくスポンジ状を呈していることから「猫の形質細胞性足皮膚炎」と診断された.本疾患の原因は明らかにされていないが,顕著な形質細胞浸潤や免疫調節療法に対する反応性より,何らかの免疫介在性疾患と推察されている.


質問3に対する解答と解説:
猫の形質細胞性足皮膚炎の治療にはドキシサイクリン(5 ~ 10mg/kg 12 時間毎)の投与が推奨されており,1~2 カ月以内に改善が認められるとの報告がある.しかし生涯投与が必要とする報告もあるため,定期的な経過観察が必要である.疼痛と潰瘍を伴う場合にはプレドニゾロン(4mg/kg 24 時間毎)の投与を開始し,漸減していく必要がある.この投与により2~3 週間以内に改善が認められ,10 ~ 14 週間で病変が消失したとの報告がある.

以上から明確であるように,本疾患では長期的な薬剤投与が必要となる.しかし猫に対する錠剤の投与(特にドキシサイクリン)は食道炎のリスクが高いため,投与後に水を飲ませる等,飼い主への指導が重要である.


本症例の経過:
長期間(60 日間)のドキシサイクリンの投与により病変は消失し,良好に経過している(図4a,b).薬剤の経口投与時に10~15ml 程度の飲水をさせることで食道炎を起こすことなく,良好に投与できた.


図3 左前肢X 線写真
図4a 左前肢 肉眼所見(第57 病日)
図4b 左後肢 肉眼所見(第57 病日)

キーワード: 猫,肉球の菲薄化,形質細胞性足皮膚炎,ドキシサイクリン