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獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編

獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編(日本獣医師会雑誌 第72巻(令和元年)第6号掲載)

症例:M. ダックス13 歳,避妊メス,既往歴なし

主訴:2 カ月くらい前から多飲多尿を呈し,食欲が徐々に低下してきている.最近は後肢のふらつきもみられるようになってきた.

一般身体検査所見:体重5.94kg(BCS 5/9). 体温37.2℃,心拍数80/ 分,呼吸数24/ 分.体表リンパ節の腫脹は認められず,聴診,視診では異常は認められなかった.

血液検査及び血液化学検査(表1,2):血液検査及び血液塗抹検査では特に異常は認められなかった.血液化学検査ではカルシウムの高値を認めた.


質問1:本症例の鑑別診断について述べよ.また,その鑑別診断に基づき,どのような追加の血液検査を行うか.

質問2:追加した血液検査で得られた結果をもとに詳細な身体検査を行ったところ,肛門横に腫瘤を認めた.針吸引生検を行い,図1 の所見が得られた.本症例の最も可能性のある診断名は何か.

質問3:この疾患に対する治療法と予後を記しなさい.


表1 血液検査


表2 血液化学検査
図1 肛門横にみられた腫瘤の細胞学的検査画像
解答と解説

質問1に対する解答と解説:
本症例は多飲多尿を示しており,特徴的な検査所見は血液化学検査における高カルシウム血症である.高カルシウム血症は臨床兆候がはっきりしないものが多いが,その中でも比較的しっかりしたものは多飲多尿であり,その他には元気消失,食欲低下,全身虚弱などがみられることがある.

通常の検査機器で測定されるカルシウムは総カルシウム濃度である.血清中のカルシウムのうち約30%は蛋白質(主にアルブミン)と結合し,その他にもクエン酸やリン酸,重炭酸などと複合体を形成する.残りの約50%はイオン化カルシウムとして存在しており,これらの中で生理作用をもつものはイオン化カルシウムのみである.以上のことから,アルブミン濃度の変動に伴って上下する総カルシウム濃度は以下の式を用いて補正すると,より正確な評価が可能になる.

補正総Ca(mg/dl)= 総Ca 測定値(mg/dl)-Alb(g/dl)+3.5

また,イオン化カルシウムはアルブミン濃度の変動に左右されないため,詳細な評価のためにはイオン化カルシウムを測定することを考慮する.

上記の補正あるいはイオン化カルシウムの測定により高カルシウム血症の判断された場合,鑑別としては悪性腫瘍関連性,腎疾患,原発性上皮小体機能亢進症,アジソン病,ビタミンD 過剰症などが挙げられる.

血清カルシウム濃度は上皮小体ホルモン(PTH)によりコントロールされている.血中にはPTH の完全分子とその断片が存在するため,生理作用を持つ完全分子(intact PTH)だけを測定する.また,PTH 関連ペプチド(PTH-rP)は鑑別診断の一つである腫瘍細胞から放出されるPTH 様活性を持ったペプチドであり,悪性腫瘍の高カルシウム血症の原因とされている.このため,原発性上皮小体機能亢進症と悪性腫瘍の鑑別に非常に有用である.しかし,腎機能障害のある疾患では高値を示すため注意が必要である.

本症例の追加検査結果は表3.

表3 追加検査結果

質問2に対する解答と解説:
質問1 で得られた追加検査結果から高カルシウム血症の原因を推測するが,本症例では悪性腫瘍による高カルシウム血症を疑った(表4).

高カルシウム血症を引き起こす悪性疾患には骨病変を伴うものと伴わないものがある.犬の悪性疾患関連性高カルシウム血症で最も多いのはリンパ腫であり,肛門囊腺癌,多発性骨髄腫と続く.このため,腫瘍随伴症候群としての高カルシウム血症を疑う場合にはこれらの腫瘍が認められないか入念に検査を行う.本症例では症状は認められていなかったが,肛門横に硬固な腫瘤が認められたため,針生検を行った.肛門囊腺癌では腺房状構造が認められることがあり,微細な顆粒を含む豊富な細胞質を持つ肛門周囲腺腫瘍(図2)との鑑別に有用である.以上の所見より,本症例は肛門囊腺癌を疑うが,確定診断は病理組織学的検査により行う.


表4
図2 肛門周囲腺腫の細胞学的所見

質問3に対する解答と解説:
肛門囊腺癌は約50%の症例が診断時には転移しているといわれており,転移部位は局所リンパ節(腰下リンパ節群)が多い.

予後は報告により差があるが,腫瘍が10cm2 以上の犬の中央生存期間は292 日であり,10cm2 未満の犬の584 日より有意に短い.また,高カルシウム血症がある犬の中央生存期間は256 日であり,高カルシウム血症のない犬の584 日より有意に短いことが知られている.

治療法としては外科的摘出が第一選択であり,補助療法として術部及び腰下リンパ節への放射線療法や,カルボプラチンやドキソルビシンを用いた化学療法も実施される.外科手術を受けた犬の中央生存期間は548 日であり,外科手術を実施していない犬(402 日)や化学療法のみで治療した犬(212 日)と比べて有意に延長している.


キーワード: 肛門囊腺癌,高カルシウム血症,多飲多尿,PTH-rP