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獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編

獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編(日本獣医師会雑誌 第73巻(令和2年)第6号掲載)

症例:ネコ,19 歳,未避妊雌,雑種

既往歴:慢性腎不全

病歴:2 年ほど前から慢性腎臓病(CKD)の治療を行っていた.半年ほど前にはトキソプラズマ感染を認め,治療を続けてきた.アンギオテンシン変換酵素阻害薬とテルミサルタンを処方されていた.

主訴:食欲はなく,吐くこともあったが今は落ち着いている.1 カ月前の受診中の採血時に倒れ,仮死状態のような様子を呈し,甲状腺クリーゼも疑われた.興奮や夜鳴きのような性格の変化は感じないとのこと.

身体検査・血液検査:体重2.83kg,体温38.8℃.血中BUN とアンモニアは高値を示し,軽度の貧血を認めるが,大きな数字上の変化は認められなかった(表1).甲状腺ホルモンの検査では,遊離サイロキシン(fT4) が40.8pmol/l(正常範囲9.0 ~ 33.5pmol/l)であったが,血清総サイロキシン(TT4)が3.7pmol/l(0.8 ~ 4.7)と正常範囲内であった.

X 線検査・超音波検査:痩せ気味で皮下脂肪は少なかったが,腹腔内脂肪は十分にあった.腎臓は萎縮し,内部に微小な結石を複数認めた.左甲状腺は超音波上で短径5×長径10mmほどの楕円体で,右甲状腺は探索しても見つけられなかった.

考慮すべき点:飼い主は老齢ネコであることから麻酔や鎮静をかけた検査に難色を示し,経口による投薬で済ませたいと考えていた.主治医は,甲状腺ホルモンの結果からは甲状腺機能亢進症を断定するには不十分と考え,チアマゾールも含めた積極的な治療を始めるべきかで苦慮していた.


質問1:本例における甲状腺ホルモンの測定結果から甲状腺機能亢進症を強く断定できない理由は何か.

質問2:甲状腺機能亢進症を確定するために核医学検査(甲状腺シンチグラフィ)を実施することとなった.日本国内で使用できる放射性医薬品は何の放射性同位体で標識されたどのような薬品であるか.

質問3:甲状腺シンチグラフィでは放射性医薬品145MBq の投与を行った.退室可能な時間は投与から何時間後であるか.

質問4:甲状腺シンチグラフィで図1 のような画像が得られた.甲状腺シンチグラフィによる診断と今後の治療方針に何を掲げるべきか.


表1 血液検査
図1 放射性医薬品投与後1 時間での甲状腺シンチグラム(腹側面像).
解答と解説

質問1に対する解答と解説:
甲状腺ホルモンは甲状腺そのものあるいは周囲の炎症の波及により,貯留していた甲状腺ホルモンの放出が生じたり,慢性腎不全のように全身症状が生じたり,産生するごとに貯留されずに放出されるなどの現象が生じたりするためである.特に,慢性腎不全のような併発疾患を伴っていた場合はオカルト甲状腺機能亢進症のような測定値は正常範囲にとどまることがある.ホルモン値が上昇したからといって甲状腺機能を抑制するような処置を行うと,不可逆的な甲状腺機能低下症を惹起する恐れがある.特に猫では甲状腺刺激ホルモンは人や犬と比べ,モニタリングの有用性に欠けるうえに,TT4 やfT4 のみで判断していることに注意が必要である.


質問2に対する解答と解説:
日本国内でシンチグラフィに用いることができる放射性核種は99mTc(テクネチウム-99m)のみである.できれば人や欧米諸国の獣医療と同様に123I(ヨウ素-123)を用いた方が,産生された甲状腺ホルモンの放出能まで判断できるが,獣医療法では臨床応用が認められていない.したがって,国内で甲状腺シンチグラフィを実施する場合,99mTcO4-(過テクネチウム酸)という医薬品で,甲状腺がヨウ素を取り込む際に用いるアニオントランスポーターの活性をもとに,ヨウ素取り込み能すなわち甲状腺機能を判定する.


質問3に対する解答と解説:
獣医療法で臨床使用が認められた放射性核種に関する退出基準は表2 のとおりである.したがって,本例における甲状腺シンチグラフィでは投与後24時間での退出が可能である.退出する時点から動物から飼い主が受ける放射線被ばくの総線量は,一般公衆の自然放射線被ばく以外の被ばく上限の目標値である1mSv/ 年を下回る設定となっている.

表2 獣医療法施行規則第10 条の4 に定められる核医学検査後の動物の退出基準

質問4に対する解答と解説:
唾液腺(図2)に比して,甲状腺左葉の取り込み能が明らかに高く,対側の右葉では取り込みが一切認められない.したがって,左葉の甲状腺機能亢進症と代償性に右葉の機能消失が考えられた.形態情報と合わせて,左葉の腺腫様甲状腺腫,過形成などの機能性肥大あるいは甲状腺腫瘍と,右葉の代償性あるいは廃用萎縮が生じているものと考えられた.甲状腺シンチグラフィでは甲状腺細胞を検出できるので,同時に甲状腺腫瘍の転移あるいは異所性甲状腺の存在を明らかにできるが,本例では認めなかった.

甲状腺腫瘍は両側性に比べ,片側性に生じる方が2 倍以上の頻度で観察されるとの報告もある.しかし,本例のように片側性であった場合に機能が亢進している側の葉を切除してしまうと,対側の機能がまったく認められないことから,甲状腺機能が完全に消失してしまう危険性が生じる.また,チアマゾールのような甲状腺機能抑制薬についても,現状は甲状腺ホルモンの数値が正常範囲であるので,投薬した場合には医原性の甲状腺機能低下症を惹起してしまう可能性もある.

本例では飼い主の意向も踏まえて,H 社のヨード制限食を処方することとした.6 カ月間は良好な全身状態を確保できていたが死亡した.死亡する直前では,クレアチニン 3.8mg/dl,BUN 77.9mg/dlと腎不全の病勢が進行していた.


図2 シンチグラムの図説
甲状腺機能は唾液腺(SG)との99mTc集積比により評価する.甲状腺(TG)は放射性医薬品医薬品投与後1 時間でSGよりも集積率は低くなるが,甲状腺左葉は明らかな集積過大を示し,一方で右葉はまったく集積していない.

キーワード: 甲状腺機能亢進症,猫,シンチグラフィ,テクネチウム-99m,獣医療法