女性獣医師応援ポータルサイト

文字サイズ

  • 標準
  • 拡大

獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編

獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編(日本獣医師会雑誌 第76巻(令和5年)第4号掲載)

症例:10 歳,雑種犬(マルチーズとチワワの雑種),避妊雌

主訴と病歴:3 日前に右眼が閉じにくいことに気づいた.同時期より右に頭をかしげている.活動性良好.食欲良好.内服歴や誤食,中毒,渡航歴,外傷歴などなし.

身体検査:体重 5.2 kg,体温 39.1℃,心拍数 150回/分,呼吸数 42 回/ 分

X線検査:頭部側方斜位像(図2)と背腹像(図3)を撮影した.


質問1:本症例の神経学的検査に基づいて推定される病変部位はどこか.

質問2:本症例における鑑別疾患は何があげられ,追加検査として推奨されることは何か.

(以下に初診時の神経学的検査結果を示す.)


神経学的検査

姿勢反応:四肢にて異常なし
脊髄反射:四肢にて異常なし

解答と解説

質問1に対する解答と解説:
右顔面神経麻痺及び右末梢性前庭障害
神経学的検査の異常所見は姿勢における①右捻転斜頸,脳神経における②右口唇下垂,③右眼の眼瞼反射消失,④右眼の角膜反射で眼球後引のみ(閉眼を認めず),⑤右眼の威嚇瞬目反応の消失,⑥両眼で正常位及び頭位変換時に左急速相水平眼振,⑦右の顔面知覚で鼻の知覚はあるが上顎と下顎の反応消失であった.それぞれの異常に関与する神経・感覚器・効果器をあげていくと,以下の表のようになる.

①~⑦を説明するために最小の部位つまり共通項をあげると,前庭機能(①⑥)と右顔面神経(②③④⑤⑦)の障害により本症例の所見は説明される.表中には三叉神経がしばしば登場するが,角膜反射での入力や鼻の知覚入力が認められ側頭筋萎縮もないため,正常に機能していると判断される.

さらに前庭障害を末梢性前庭障害と中枢性前庭障害に分類していくが,中枢性前庭障害を示唆する所見が認められるかが鑑別点となる.中枢性前庭障害を示唆する所見は意識障害,姿勢反応異常,不全麻痺や麻痺,垂直自発眼振,頭位変換での眼振方向の変化であり,これらが認められた場合には中枢性前庭障害を前提に診断を進める必要がある.本症例ではいずれの所見も認めないため,末梢性前庭障害となる.なお,前庭障害と顔面神経麻痺はしばしば併発することが知られており,特発性前庭障害において約50%が顔面神経麻痺を併発する報告[1]もある.したがって,前庭障害の症例において顔面神経麻痺が併発していても単独では中枢性前庭障害を示唆する所見とはならないことに留意する必要がある.


質問2に対する解答と解説:
発症3 日目の急性期の段階では,特発性前庭障害及び特発性顔面神経麻痺,もしくは中・内耳炎による前庭障害及び顔面神経麻痺が鑑別疾患の2 トップとなる.中・内耳炎は外耳炎からの波及が多いため,追加検査として外耳道の観察と外耳炎であれば病原微生物(細菌やマラセチア)の特定が必要である.外耳炎が感染性であれば,まず適切な抗菌薬もしくは抗真菌薬の投与が治療選択肢となる.一方で,特発性疾患の場合には前庭自律神経反射による嘔吐や食欲不振に対して適切な対症療法を必要とするのみで,前庭障害そのものに対する確立された治療はない.一般的には数日で急性徴候が落ち着くが,約半数で何らかの前庭障害が残存する[1].

急性期では疾患頻度が高くない鑑別疾患としては,頭蓋内疾患,甲状腺機能低下症,外傷(医原性を含む)があげられる.甲状腺機能低下症はT4,fT4,c-TSH の内分泌検査により否定し,外傷は病歴より否定する.頭蓋内疾患としては脳腫瘍(脳底部や小脳),炎症性疾患などがあげられる.時間が経過しても徴候が残存している慢性期では特発性疾患,中・内耳炎,頭蓋内疾患,甲状腺機能低下症がいずれも鑑別疾患としてあげられる.末梢性前庭障害が神経学的検査から推定される状況であっても,特発性疾患の一般的な病歴に合致しない場合には頭蓋内疾患を探索するべきである.これは神経学的検査での末梢性前庭障害と中枢性前庭障害の区別において,中枢性前庭障害の診断精度は高めであるが,末梢性前庭障害は診断精度が下がるからである[2].また,前庭障害と顔面神経麻痺のみの症状で頭蓋内疾患であった場合も少数報告される[3].したがって,一般的な病歴でない場合,治療反応が芳しくない場合,急性期であっても可能性が憂慮される場合には,追加検査としてMRI 検査及び脳脊髄液検査が適応となる.中内耳炎であった場合には鼓膜穿刺による鼓室胞内内容物の細胞診検査も追加検査としてあげられる.

なお,本症例は2 週間後まで症状が残存したため,頭部MRI 検査と脳脊髄液検査を実施し,頭蓋内及び中内耳領域に異常を認めなかったため,特発性前庭障害及び特発性顔面神経麻痺と診断した(図).

図 頭部MRI 検査(T2 強調画像,内耳レベル)

参考文献

  • [ 1 ] Orlandi R, Gutier rez-Quintana R, Carletti B,Cooper C, Brocal J, Silva S, Gonçalves R : Clinicalsigns, MRI findings and outcome in dogswith peripheral vestibular disease: a retrospectivestudy, BMC Vet Res, 16, 159 (2020)
  • [ 2 ] Bongar tz U, Nessler J, Maiolini A, Stein VM,Tipold A, Bathen-Nöthen A : Vestibular diseasein dogs: association between neurological examination,MRI lesion localisation and outcome, JSmall Anim Pract, 61, 57-63 (2020)
  • [ 3 ] Chan MK, Toribio JA, Podadera JM, Child G :Incidence, cause, outcome and possible risk factorsassociated with facial ner ve paralysis indogs in a Sydney population (2001-2016) : a retrospectivestudy, Aust Vet J, 98, 140-147 (2020)

キーワード:顔面神経麻痺,前庭障害,神経学的検査.