獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編(日本獣医師会雑誌 第76巻(令和5年)第8号掲載)
症例:犬(ミニチュア・ダックスフンド),9 歳8 カ月齢,去勢雄
既往及び投薬歴:特筆すべきものはなし.
主訴:1 週間ほど前より食欲及び元気が低下.他院にて著しい貧血を認めたためその精査及び治療を目的に紹介受診となった.稟告では排便や排尿には問題はないが,食欲は普段の3 割程度に低下し,ある程度の元気はあるものの寝ている時間が増えているとのことであった.
身体検査所見:
体重:6.9kg(BCS:3/5),体温:39.2℃
心拍数: 156 回/分,左胸壁において収縮期雑音を聴取(Levine Ⅱ/Ⅵ)
呼吸数:60 回/分
可視粘膜蒼白,皮膚ツルゴール正常
毛細血管再充満時間:<1 秒
体表リンパ節:腫大なし
血液検査所見:表
血液塗抹検査:多染性赤血球(-),自己凝集(-),球状赤血球少数,異常細胞(-)
胸部及び腹部X 線検査:特記なし.
心臓及び腹部超音波検査:特記なし.
骨髄検査結果:図1,2
骨髄細胞診:赤芽球系細胞無効造血
骨髄コア検査:過形成髄,軽度の線維増生
その他主な所見: 腫瘍性変化(-),赤芽球系細胞増加,多染性赤血球(成熟後期細胞)減少
質問1:疑われる疾患は何か.
質問2:本疾患に対する治療法と治療反応について答えよ.
解答と解説
質問1に対する解答と解説:
非再生性免疫介在性貧血(NRIMA)は,重度の非再生性貧血を特徴とする疾患であり,骨髄中での赤芽球系細胞を標的とした免疫疾患と考えられている.本邦ではミニチュア・ダックスフンドに好発することが報告されている[1].NRIMA の診断には非再生性貧血を起こし得る薬剤投与歴の否定や基礎疾患(慢性出血,鉄欠乏性貧血,腎性貧血,慢性炎症など)の除外が必要となるため,まずは投薬歴の聴取,全身スクリーニング検査,血清鉄及び総鉄結合能(TIBC)の測定などを実施する.その後骨髄検査により白血病などの骨髄腫瘍,骨髄異形成症候群,再生不良性貧血,赤芽球癆などを除外することによりNRIMAと診断する.骨髄中の赤血球系細胞は正形成~過形成であることが多く,線維組織の増生を認めることもある.本症例の骨髄検査所見では赤血球系細胞の正~過形成,軽度の線維組織増生を認めた.また多染性赤血球の減少とそれを貪食したと思われるマクロファージが散見された(問題の頁,図2).なお腫瘍性変化は認めなかった.NRIMA の診断基準は明確化されておらず,議論の余地がある.犬においては骨髄異形成症候群との鑑別が難しいこと,免疫反応のターゲットとなる赤血球系細胞のステージが多岐に渡ることなどがあげられる.時に骨髄中の赤芽球と末梢血中の赤血球両者がターゲットになる場合もあり,溶血所見を伴うこともある.とりわけ骨髄中の赤血球前駆細胞がターゲットとされる病態では,近年,赤血球前駆細胞標的免疫介在性貧血(PIMA)という概念が提唱されていることにも留意されたい[2].
質問2に対する解答と解説:
NRIMA 罹患犬のHCT 値の中央値は11%と報告されている[3].NRIMA のような慢性進行性の貧血の場合,罹患犬が貧血状態に適応し臨床徴候を示さない症例にもしばしば遭遇する.本症例では元気食欲の低下といった臨床徴候を示しており,HCT値も一桁まで減少していたため,初期治療として輸血を実施した.
NRIMA そのものに対する治療としては免疫抑制療法を実施する.免疫抑制量のプレドニゾロンを中心に,必要に応じてシクロスポリン,ミコフェノール酸モフェチル,レフルノミド,アザチオプリンなどの免疫抑制薬の使用を考慮する.これらの薬剤に反応すると末梢血に網状赤血球の増加を認めるようになる.網状赤血球数の増加やHCT 値の増加といった治療反応を認めるまでの中央値は2 週間とされるが,NRIMA の治療反応性は症例によってさまざまであり,治療反応が現れるまで10 週間を要した症例の報告もある[3].したがって,NRIMA は治療効果判定に時間を要する疾患と認識しなければならない.そのため,免疫抑制薬の併用が予後改善につながるという明確なエビデンスはないが筆者は初期導入より併用している.2 ~ 3 カ月間治療効果を認めない場合に免疫抑制薬を変更する.予後は治療に対する反応性で大きく変わり,貧血が寛解する症例では長期予後は良好である.一方,反応しない場合の予後は輸血に依存することとなる.また,脾臓摘出術により輸血回数が減少し,また網状赤血球数が増加することが示唆されており,NRIMA 治療の選択肢として検討されている.
本症例では骨髄検査実施後に,プレドニゾロン及びミコフェノール酸モフェチルの投薬を開始した.しかし開始後に消化器症状を呈したため投薬開始10 日目にミコフェノール酸モフェチルを休薬しレフルノミドに変更した.プレドニゾロン投薬開始27 日目(レフルノミド開始14 日目)に末梢血での網状赤血球数の増加を認め,その8 日後にはHCT値の上昇を認めた.貧血からの回復後に順次プレドニゾロン,レフルノミドを漸減・休薬とし,免疫抑制療法休止後2 カ月時点での経過は良好である.
参考文献
- [ 1 ] Tani A, Tomiyasu H, Ohmi A, Ohno K, TsujimotoH : Clinical and clinicopathological features andoutcomes of Miniature Dachshunds with bonemarrow disorders, J Vet Med Sci, 82, 771-778(2020)
- [ 2 ] de A Lucidi C, de Rezende CLE, Jutkowitz LA,Scott MA : Histologic and cytologic bone marrowfindings in dogs with suspected precursortargetedimmune-mediated anemia and associatedphagocytosis of er ythroid precursors, VetClin Pathol, 46, 401-415 (2017)
- [ 3 ] Stokol T, Blue JT, French TW : Idiopathic purered cell aplasia and nonregenerative immunemediatedanemia in dogs: 43 cases (1988-1999),J Am Vet Med Assoc, 216, 1429-1436 (2000)
キーワード:非再生性貧血,ミニチュア・ダックスフンド,骨髄検査,免疫抑制療法