症例:犬,柴犬,未去勢雄,5 歳齢
主訴:左側鼠径部が大きくなっており,乳頭も腫れてきている.
一般身体検査:左鼠径部に腫瘤を触知.陰囊内に精巣は確認できず.
血液検査:表を参照
腹部超音波検査:左側鼠径部に混合エコー性の4 cm大の腫瘤性病変(図1).右側鼠径部に萎縮した精巣が認められた(図2).
質問1:左側鼠径部の腫瘤で疑われる腫瘍の鑑別診断は何か.
質問2:この症例で追加検査するべき項目は何か.
質問3:本症例で想定される治療法について答えよ.
症例:犬,柴犬,未去勢雄,5 歳齢
主訴:左側鼠径部が大きくなっており,乳頭も腫れてきている.
一般身体検査:左鼠径部に腫瘤を触知.陰囊内に精巣は確認できず.
血液検査:表を参照
腹部超音波検査:左側鼠径部に混合エコー性の4 cm大の腫瘤性病変(図1).右側鼠径部に萎縮した精巣が認められた(図2).
質問1:左側鼠径部の腫瘤で疑われる腫瘍の鑑別診断は何か.
質問2:この症例で追加検査するべき項目は何か.
質問3:本症例で想定される治療法について答えよ.
質問1に対する解答と解説:
本症例において,両側精巣は陰囊内になく,右側精巣は鼠径部に存在した.したがって,左側鼠径部腫瘤は精巣腫瘤であることが最も疑われる.未去勢の雄犬において,精巣は2 番目に多くがんが発生する臓器で,精巣腫瘍は雄の生殖器に発生する約90%を占める[1].精巣腫瘍はその多くはセミノーマ,セルトリ細胞腫,ライディッヒ細胞腫である.特に潜在精巣ではセルトリ細胞腫とセミノーマの発生率が高くなる[2].また,右側精巣は潜在精巣になりやすいことが知られているため,腫瘍形成の素因が高い[2, 3].
質問2に対する解答と解説:
今回の症例では,乳頭の腫大が認められたことからエストロジェン亢進症が疑われた.エストロジェン亢進症は精巣腫瘍の腫瘍随伴症候群であり,両側対称性脱毛や色素沈着亢進,包皮下垂,雌性化乳房,乳汁分泌,陰茎萎縮,前立腺の扁平上皮化生を含む雌性化徴候を示す[1].セミノーマやライディッヒ細胞腫ではまれで,セルトリ細胞腫では50%の罹患犬でエストロジェン亢進症の症状を示すことが知られている[1].特に,腹腔内潜在精巣から生じるセルトリ細胞腫ではエストロジェン亢進症との関連が最もよく認められている.また,エストロジェン亢進症は好中球減少症や血小板減少症,非再生性貧血のような骨髄抑制を引きおこし,致死的になるため注意が必要である.したがって,本症例においては初診時の血液検査では骨髄抑制の徴候はないものの,血中のエストロジェン濃度を測定し過剰でないことを確認したうえで治療に臨んだ.本症例ではエストロジェン濃度は7.4 pg/ml であり,正常範囲内であった.しかしながら,ある報告ではエストロジェンが正常でも雌性化している症例もいることがわかっており注意が必要である.このような症例においては,テストステロン・エストロジェン比が有意に低下していることが報告[4]されているため,可能であればテストステロンの計測も同時に実施した方がよいかもしれない.
質問3に対する解答と解説:
ほとんどの原発性精巣腫瘍は局所浸潤と転移率の低いことが特徴的であるため,治療は陰囊切除を伴う精巣摘出術が選択され,通常この外科治療で根治的である[1].まれに局所リンパ節への転移や遠隔転移を起こすことがあるため,精巣腫瘍を認めた場合はレントゲン検査,超音波検査やCT 検査にて内側腸骨リンパ節等の局所リンパ節や肺野を術前に評価しておく.転移を認めた場合は化学療法や放射線治療が選択されるが,その有効性についてはまだ十分に検討はなされていない[1].ある報告では最大50%の犬に両性精巣腫瘍が認められたが,反対側精巣に腫瘍があることが臨床的に診断されたのはわずか12%であったとされているため,繁殖を考えていない場合,両側精巣摘出術を実施した方がよいであろうとされている[3].原発腫瘍に続発するエストロジェン亢進症である犬は,転移病巣が持続的なエストロジェン放出をもたらさない限り,臨床徴候は去勢後1 ~ 3 カ月以内に消失する.過去の報告では,セルトリ細胞腫によるエストロジェン亢進症によって汎血球減少症と骨髄低形成がみられた8 頭で2 頭は去勢と支持療法で改善が認められたが,5頭は同様な処置を行ったが造血不全で死亡し,1 頭は安楽死が選択されており,予後不良であることがわかる[5].しかしながら,近年の報告では術前後の積極的な血液製剤の投与によって7 頭全頭が退院し,その内の4 頭は1 年以上生存しており,短期的な手術成績は改善傾向にある[6].したがって,エストロジェン亢進症による骨髄低形成の犬における精巣腫瘍摘出では,輸血や抗生物質等の投薬が必要となり綿密な術後管理が重要となる.本症例では両側鼠径部の皮膚を切開し,左側精巣は閉鎖式で摘出し,右側精巣は開放式で摘出を行った(図3).摘出した精巣の病理学的検索では左側精巣がセルトリ細胞腫,右側精巣が精巣萎縮との診断結果であった(図4).
参考文献
キーワード:犬,精巣腫瘍,潜在精巣,エストロジェン