獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編(日本獣医師会雑誌 第77巻(令和6年)第6号掲載)
症例は,約10 日前に保護された室内で飼育されている推定約2 カ月齢の雌の雑種猫であり,ワクチンは未接種だった.前日,猫の右前肢において脱毛部があることに気がつき来院した(図1).瘙痒を示唆する行動(引っ搔く,舐める)は,特に認められないとのことだった.一方,この猫を保護してから飼育者に瘙痒を伴う皮膚病変が前腕~上腕に数カ所発生していた(図2).
症例の右前肢手根部外側に円形の脱毛病変がみられ,脱毛部の皮膚は乾燥してわずかな鱗屑が観察された.全身を丁寧に観察したが,他の部位に脱毛を含め明らかな皮膚病変は検出できなかった.全身のウッド灯検査を実施したが,陽性を示唆する黄緑の蛍光色は右前肢の病変部を含めて観察されなかった.病変部のテープ検査と搔把試験においては,多数の正常な角質細胞が認められた以外に異常所見は検出されなかった.一方で,病変部周囲から採取した被毛の検査では,毛幹を取り囲む多数の小型円形胞子が観察された(図3).
飼育者の前腕~上腕の皮膚病変は,周囲がやや盛り上がった紅斑を伴う環状病変で少量の鱗屑がみられた.
質問1:最も疑うべき疾患は何か.
質問2:臨床診断はどのようにすればよいか.
質問3:治療や飼育者への指導はどのようにすればよいか.
解答と解説
質問1に対する解答と解説:
この症例で最も疑われるのは,皮膚糸状菌症である. 猫で皮膚糸状菌症の原因となる真菌は,Microsporum canis が最も一般的である.犬では他にMicrosporum gypseum やTrichophyton mentagrophytes なども皮膚糸状菌症の原因菌として知られ,猫でもまれにM. gypseum やT. mentagrophytes の感染を認めることがあるとされている.これらの皮膚糸状菌は,いずれも栄養源としてケラチンを利用することが可能であり,ケラチンが豊富な動物の皮膚や被毛に感染するが,猫での主要な感染部位は被毛である.好獣性であるM. canis の感染は,罹患動物及び保菌動物(不顕性感染動物)との接触による直接感染や罹患動物から抜け落ちた被毛などで汚染された環境からの間接感染が考えられている.若齢や免疫抑制状態の動物で発生率が高く,また,猫では長毛種(ペルシャ)に好発するとされている.なお,猫や犬の皮膚糸状菌症は,本症例でもみられたように,人へも感染する人獣共通感染症として公衆衛生学的に重要な疾患である.
この症例で観察された限局性の鱗屑を伴った円形の脱毛病変は,表在性の皮膚糸状菌症に一般的なものであり,症例によっては鱗屑以外に紅斑や丘疹などが観察される場合もあるが,いずれにしても瘙痒は伴わないことが多い.猫での病変の好発部位は,頭部と肢端である.なお,猫ではM. canis の無症候キャリアーが少なくないことが指摘されている.
質問2に対する解答と解説:
猫の皮膚糸状菌症(M. canis 感染症)は,その特徴的な円形脱毛病変や背景としての発生年齢,発生部位,複数飼育の場合は集団発生,瘙痒を伴うことが少ないこと,さらには飼い主へも感染し,紅斑と瘙痒のある環状皮膚病変を形成することから,推測することは比較的容易である.ただし,診断の確定には被毛や鱗屑(角質細胞)を用いて直接鏡検により菌糸や分節分生子を検出することが必要である.検査に用いる材料は,脱毛病変部の中心からではなく,周囲の健常部との境界から採取することが重要である.少なめのKOH を用いて検査材料を溶解し,丁寧に観察して菌要素(菌糸,分節分生子)を検出する.被毛の検査では,毛幹部に多数の分節分生子を認めるのが一般的である.波長約360 nm の紫外線を利用し,生体の被毛に照射すると黄緑色蛍光が観察されるのを応用したウッド灯検査も,皮膚糸状菌症の診断に使用される.しかし,この検査で検出できるのはM. canis だけであり,しかもすべての株が蛍光を発するわけではないことに注意が必要である.したがって,ウッド灯検査の陰性所見は,皮膚糸状菌症を除外するものではない.一方で,鱗屑や外用薬などが類似の蛍光色を発することがあるため,判定には注意を要する.
皮膚糸状菌の培養だけで診断することは,不可能である.なぜなら,現在の病変形成に関係している皮膚糸状菌だけでなく,不顕性感染で付着している皮膚糸状菌も培養で発育するからである.したがって,一般的には直接の鏡検で菌体要素が検出された場合やウッド灯陽性の場合に,確認と原因菌を同定するために実施する.培養には,真菌の培養に広く使用されるクロラムフェニコール添加サブローデキストロース寒天培地や簡易に皮膚糸状菌であることを診断できる皮膚糸状菌用培地が用いられ,いずれも25~27℃(室温)で培養する.皮膚糸状菌の場合,4 ~ 5 日後には培地上に特徴のある乾燥性の白色コロニーが発育する(図4).臨床的には指示薬としてフェノールレッドが培地に添加されているため,皮膚糸状菌の発育とともにアルカリ代謝産物が産生されることで培地のpH が上昇し,それに伴い培地の色が黄色から赤色へ変化することを診断に応用した皮膚糸状菌用培地が汎用されている.ただし,皮膚糸状菌以外の真菌でも,長期培養によって培地が赤変することから,検査材料の接種後は頻回観察するのが望ましい.また,サブローデキストロース寒天培地と皮膚糸状菌用培地は,皮膚糸状菌以外の真菌も発育可能であることに注意して,発育したコロニーの特徴を観察し,釣菌して大分生子の形態を確認することも重要である.培養コロニーをラクトフェノール・コットンブルーで染色し,顕微鏡で観察すると,M. canis では紡錘形で厚く粗造な壁を持ち,内容が隔壁で6 室以上に分かれている大分生子が確認できる(図5).なお,PCR による皮膚糸状菌の検出も培養検査と同様の理由で確認や同定には有用であるが,臨床的な診断法としては適していない.
質問3に対する解答と解説:
猫など動物では被毛の存在によって外用薬は塗布しにくいことや舐めてしまうなどの理由から内服薬による治療が基本となるが,抗真菌薬(ミコナゾール)を含有するシャンプーによる週1 ~ 2 回の全身洗浄は,周囲環境中に落下する被毛による汚染を減少させるためにも併用することが望ましい.内服薬による全身療法は病変の治癒だけでなく,マッケンジーブラシ法による培養検査によって体表から皮膚糸状菌が検出されなくなるまで,少なくとも1 ~ 2カ月は必要とされ,肝毒性などの副作用の発生に注意が必要である.内服薬の第1 選択薬はアゾール系抗真菌薬のイトラコナゾールであり,5 ~10 mg/kg を1 日1 回投与する.催奇形性や乳汁移行が知られていることから,妊娠動物と授乳中の動物への使用は控えるべきである.空腹の状態では吸収率が悪いため,食後に投与することが推奨されている.イトラコナゾールが無効な例にはアリルアミン系のテルビナフィン20~40 mg/kg を1 日1 回で使用する.なお,本症例は若齢であることを考慮してシャンプー療法のみで治療した.
皮膚糸状菌症は人獣共通感染症であり,また,他の同居動物への感染も考慮しなければならない.したがって,感染動物を隔離することや標準予防策(スタンダードプリコーション)に則した個人用防護具の着用などが求められる.さらには,感染被毛の落下による環境汚染も防がなければならず,感染猫が使用した部屋の落下被毛やクッション等に付着した被毛を取り残しなく回収した後,次亜塩素酸ナトリウム(0.5%)によって複数回の拭き掃除を実施する必要がある.
参考文献
- [ 1 ] Moriello KA, Coyner K, Paterson S, Mignon B :Diagnosis and treatment of dermatophytosis indogs and cats, Vet Dermatol, 28, 226-e68 (2017)
- [ 2 ] 加納 塁,伊従慶太,原田和記,村山信雄,山﨑真大,槇村浩一,坪井良治,山岸建太郎,村井 妙,西藤公司,長谷川篤彦,永田雅彦:犬・猫の皮膚糸状菌症に対する治療指針,獣医臨床皮膚科,24,3-8(2018)
- [ 3 ] 柴田久美子:皮膚糸状菌症,猫の治療ガイド2020,辻本 元ほか編, 第1 版,600-602,EDUWARDPress,東京(2020)
キーワード:皮膚糸状菌症,人獣共通感染症,円形脱毛,Microsporum canis,猫