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獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編

獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編(日本獣医師会雑誌 第77巻(令和6年)第8号掲載)

症例:チワワ,8 歳齢,避妊雌

主訴:低アルブミン血症

現病歴:8 カ月前に近医で実施した健康診断において低アルブミン血症(2.4 g/dl)が認められた.低脂肪食を給与し,経過を観察していたが,改善が認められなかった.

問診:活動性や食欲,飲水,排尿,排便に異常なし.嘔吐や皮膚の痒みも認められない.

身体検査所見:体重 1.8 kg,BCS 2 ~3/5, 体温 38.2℃,心拍数 144 回/ 分,呼吸数 30 回/ 分

糞便検査所見:特記すべき所見なし

血液検査所見:CBC は特記すべき所見なし.その他の検査は表1 を参照

尿検査所見:比重 1.042,尿蛋白/ クレアチニン比 0.07

胸腹部X 線検査所見:特記すべき所見なし

腹部超音波検査所見:空腸の縦断像(図1)


質問1:腹部超音波検査で空腸に認められる異常所見は何か.

質問2:低アルブミン血症の原因として最も疑われる病態は何か.

質問3:今後の診療方針をどのように考えるか.


図1 空腸の縦断像

解答と解説

質問1に対する解答と解説:
図1 では空腸の粘膜層に高エコー源性線状所見(striation)が認められる.本所見を呈する症例の96%で腸粘膜にリンパ管拡張が認められたという報告があることから[1],リンパ管拡張の存在が示唆される. Striationは蛋白漏出性腸症(Protein-losingenteropathy:PLE)を疑う所見であるが,本所見が認められなくてもPLE を否定できないので注意する.また,小腸の粘膜層に高エコー源性点状所見(speckle,図2)が認められることもある.こちらはstriation と解釈が異なり,炎症性疾患の存在を示唆し,疾患に非特異的な所見である.

図2 小腸の粘膜層における高エコー源性点状所見(矢頭)

質問2に対する解答と解説:
犬における低アルブミン血症の主な原因として,アルブミン合成素材の不足(摂取不足,消化吸収不良),肝臓での合成低下(肝機能障害,CRP 合成に伴うダウンレギュレーション),腸からの喪失(PLE),腎臓からの喪失(蛋白漏出性腎症),皮膚からの喪失(広範囲の滲出性皮膚疾患),出血による喪失,血液の希釈(輸液)などが挙げられる.本症例に対して問診とスクリーニング検査(身体検査,糞便検査,血液検査,尿検査,X 線検査,超音波検査)を実施したところ,超音波検査で空腸にstriation が認められ,PLE が疑われた以外に低アルブミン血症の原因が認められなかった.血液検査で低コレステロール血症と低カルシウム血症が認められたが,これらはPLE に関連する所見と考えられた.


質問3に対する解答と解説:
本症例ではPLE が疑われる.本疾患は腸粘膜からの蛋白漏出を特徴とする症候群であり,さまざまな病態が含まれている.犬における代表的な病態として腸リンパ管拡張症,慢性腸炎及び消化器型リンパ腫が挙げられるが,副腎皮質機能低下症や寄生虫性腸疾患などでも起こりうる.本症例では超音波検査で空腸にstriation が認められたことから,少なくとも腸リンパ管拡張症は存在すると考えられるが,慢性腸炎や消化器型リンパ腫を併発している可能性もある.上記の状況で診療方針を決める際に,大きく分けて2 つの選択がある.一つは低脂肪食や超低脂肪食を用いた試験的な食事療法の実施であり,腸リンパ管拡張症を想定した方針である.もう一つは消化管生検の実施であり,食事療法のみでは治療困難な慢性腸炎や消化器型リンパ腫の併発を想定した方針である.どちらの診療方針を選択するか悩ましいが,その一助となる研究が近年報告されている[2].本研究では,PLE に罹患した犬を「食事反応性」と「免疫抑制薬反応性または治療抵抗性」の2 群に分け,臨床的特徴を比較している.その結果,食事反応性PLE では年齢や犬炎症性腸疾患活動性指標(canine inflammatory bowel diseaseactivity index:CIBDAI),犬慢性腸症臨床活動性指標(canine chronic enteropathy clinical activityindex:CCECAI)が有意に低いことが明らかになった.また,各項目について食事反応性PLE を予測するカットオフ値を設定したところ,比較的良好な感度と特異度が得られた(表2).

そこで,本症例の診療方針を表2 に基づいて検討したところ,年齢は8 歳,CIBDAI とCCECAI はともに0 で,いずれの項目もカットオフ値未満であったことから,試験的な食事療法の実施を選択した.食事内容については,すでに低脂肪食が給与され,治療反応性が乏しかったことから超低脂肪食を選択した.超低脂肪食を一般家庭で作る場合,蛋白質源として鶏ムネ肉,炭水化物源として白米またはジャガイモを使用し,これらがカロリーベースで1:2 となるように調節する.また,食材の偏りから各種ビタミンやミネラルが不足するため,サプリメントを添加する.本症例に対して超低脂肪食を給与したところ,2 及び4 週間後の血中アルブミン濃度が2.7 g/dl(基準範囲内)に改善した.そのため,現時点では消化管生検を実施せず,食事療法にて経過を観察することにした.


参考文献

  • [ 1 ] Sutherland-Smith J, Penninck DG, Keating JH,Webster CRL : Ultrasonographic intestinal hyperechoic mucosal striations in dogs are associated with lacteal dilation, Vet Radiol Ultrasound, 48, 51-57 (2007)
  • [ 2 ] Nagata N, Ohta H, Yokoyama N, Teoh YB, Nisa K, Sasaki N, Osuga T, Morishita K, Takiguchi M :Clinical characteristics of dogs with food-responsive protein-losing enteropathy, J Vet Intern Med, 34, 659-668 (2020)

キーワード:犬,低アルブミン血症,蛋白漏出性腸症,食事療法