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獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編

獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編(日本獣医師会雑誌 第78巻(令和7年)第2号掲載)

症例:犬(秋田犬),1 歳8 カ月齢,雄,30.3 kg

主訴:右後肢跛行

病歴:1 カ月前にドッグランでの運動中,右後肢跛行を呈する.ホームドクターを受診し消炎鎮痛剤を処方されるも跛行は改善しなかったため,当施設への紹介受診となった.

整形外科的検査:右側膝関節において,過伸展時に疼痛が認められた.また,脛骨前方引き出し試験,及び脛骨圧迫試験が陽性であった.その他,特記すべき異常所見は認められなかった.

単純X 線検査(図1):右側膝関節の内外側像では脛骨の前方変位,及び関節液の貯留が認められた.頭尾側像では膝関節の内側領域に肥厚した軟部組織陰影が認められた.



質問1:本症例の疑われる疾患と,続発して発生する危険性がある疾患を述べよ.

質問2:本症例に対する治療方法はどのようにすればよいか.


解答と解説

質問1に対する解答と解説:
触診とX 線検査により,前十字靭帯断裂が強く疑われる.

前十字靭帯には,脛骨の前方変位と過剰な内旋の制動,膝関節の過伸展の防止といった機能がある.そのため,前十字靭帯断裂症例では,触診やX 線検査で脛骨の前方への不安定性が認められる.X 線検査の内外側像撮影時では,膝関節及び足根関節を90 度に保持することで,大腿脛関節に圧縮力が生じ,脛骨の前方変位を顕在化することができる.

前十字靭帯断裂に続発する疾患として,半月板損傷と変形性関節症(OA)が挙げられる.半月板損傷は,特に内側半月板後角で損傷する危険性が高く,典型的な損傷の一つにバケツの柄状損傷が挙げられる.半月板損傷は疼痛の原因やOA の進行を悪化させる要因となるため,前十字靭帯断裂の症例を手術する際には,同時に半月板も評価し,必要に応じて半月板病変部の切除などの治療が必要となる.OA は,加齢に伴う軟骨変性が原因となる原発性と,関節の不安定性や不整合性が原因となる二次性に大別されるが,犬の場合,多くの場合が二次性であり,その原因の一つに前十字靭帯断裂も含まれる.OA を罹患すると,滑膜炎,軟骨や軟骨下骨の損傷,関節周囲線維症が不可逆的に進行する.本症例のX線頭尾側像でも認められる,膝関節内側の肥厚は,“medial buttress”と呼ばれる線維性組織の増生であり,慢性の前十字靭帯断裂症例で認められる関節周囲線維症所見の一つであると考えられる.OA の進行は関節可動域の低減や慢性的な疼痛の原因となり,特に長時間座った後や激しい運動の後に跛行が顕在化することが多い.

本症例は,手術時に関節切開にて関節内の肉眼的評価を実施したが,前十字靭帯の断裂は認められたが,半月板の損傷は認められなかった.


質問2に対する解答と解説:
前十字靭帯断裂症例に対する保存治療は,大型犬では有効性が低い[1].そのため,本症例は外科的治療が望まれる.外科的治療法には,関節外制動術であるラテラルスーチャー法(LS)や,機能的安定化術である脛骨高平部水平化骨切り術(TPLO)や脛骨粗面前進化術(TTA)などが挙げられる.LS は,前十字靭帯断裂に伴うOA や,外科的侵襲や縫合糸の設置などに伴う刺激により発生する関節周囲の線維化が進行し,大腿脛関節の安定性を長期的に得ることを目的とした術式である.LS は関節周囲線維症が生成されるまでの初期の安定性を維持するために設置するため,関節周囲線維症による安定性が得られる前に,締結した縫合糸が破綻してしまうと,不安定性の再燃に伴い跛行が再発する危険性がある.特に,LS の早期破綻などの合併症には,体重が重いことと年齢が若いことが関連すると報告されている[2].そのため,大型犬では早期破綻のリスクがあるため,機能的安定化術が好ましいと考えられる.本症例ではTPLO を適応した(図2).TPLO は術後早期から機能回復が得られる術式である.また,Krotscheck らの報告では,関節外制動術やTTA に比較し負重機能回復が早いことが示されている[3].TPLO は体重負重時に発生する脛骨の前方への推進力を中和し,脛骨の前方変位を抑制する術式である.そのために,脛骨近位を円形に骨切りし,脛骨高平部角を矯正する術式である.靭帯機能を再建する術式ではないため,回旋方向などの不安定性は残存し,不可逆的なOA の進行を完全に止める術式ではないため,その点は理解し,飼い主に説明することも重要である.



参考文献

  • [ 1 ] Schulz KS : Diseases of the Joints, Small Animal Surger y, Fossum TW ed, 4th ed, 1215-1374, Mosby, St. Louis County (2013)
  • [ 2 ] Casale SA, McCarthy RJ : Complications associated with lateral fabellotibial suture surgery for cranial cruciate ligament injur y in dogs: 363 cases (1997-2005), J Am Vet Med Assoc, 234, 229-235 (2009)
  • [ 3 ] Krotscheck U, Nelson SA, Todhunter RJ, Stone M, Zhang Z : Long term functional outcome of tibial tuberosity advancement vs. tibial plateau leveling osteotomy and extracapsular repair in a heterogeneous population of dogs, Vet Surg, 45, 261-268 (2016)

キーワード:犬,後肢跛行,前十字靭帯断裂,脛骨高平部水平化骨切り術