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獣医師生涯研修事業Q&A 産業動物編

獣医師生涯研修事業Q&A 産業動物編(日本獣医師会雑誌 第68巻(平成27年)第9号掲載)

症 例:牛,黒毛和種,雌,6 歳,経産,肉牛肥育農家で約 300 頭を飼養,症例牛は 11 カ月齢時に導入され3 産していた.

主 訴:正常分娩で母子ともに元気であったが,分娩後3 週経っても母牛の食欲が回復してこない.

身体検査所見:体温,心拍数,呼吸数に異常は認められず,第一胃運動がやや低下していた.糞尿の性状に異常は認められず,触診による体表リンパ節の異常も認められなかった.直腸検査による触診において子宮の異常を示す所見も認められなかった.

血液検査所見:一般血液検査及び血清生化学検査の結果は表のとおりであった.末梢血液の塗抹標本ギムザ染色像は写真のとおりであった.牛白血病ウイルス(BLV)抗体は陽性であった.


質問 1:血液像から読み取れる異常所見を説明しなさい.

質問 2:飼い主に指導する要点を説明しなさい.


写真 症例の末梢血液塗抹ギムザ染色標本
表 血液検査所見
解答と解説

質問 1 に対する解答と解説:
57 万個まで増数しているほとんどの白血球は大リンパ球であり,異型な巨大核,有糸分裂中の核などを有する細胞が認められる.これらの細胞は,白血性細胞(白血病細胞)であり,白血病罹患動物において認められる典型的な細胞である.鉄欠乏性貧血を疑わせる赤血球も散見され,骨髄における赤芽球系の機能は骨髄芽球系の活性化によって抑制されていることが示唆される.

本症例は,牛白血病ウイルス(BLV)抗体が陽性であったことから,地方流行性牛白血病(EndemicBovine Leukemia : EBL)であることも疑われる.体表リンパ節さらに骨盤腔内のリンパ節に腫脹が認めらなかったことは,EBL の典型的発症例とは異なっている.本症例は初診から 1 週間後に急死したため,内臓を確認したところ,脾臓,肝臓,腎臓,肺,心臓などに腫瘍性病変は確認されず,腹腔内リンパ節の腫大あるいは腫瘍性変化は肉眼的に確認できなかった.農場において死亡が確認されたため,組織病理学的検索が十分には行えなかったが,腫瘍性病変はおもに末梢血白血球に生じ,急性であった可能性が示唆された.末梢血リンパ球の表面抗原解析などを行っていないため,腫瘍化して増数していた末梢血リンパ球の種類は不明であった.血清生化学検査において肝機能の低下が示唆されているが,白血病との関連性は低いと考えられた.


質問 2 に対する解答と解説:
牛にはさまざまな白血病があることを説明する.BLV もその一病態であり,感染は感染細胞の伝播によること,発症までには感染から長年月を必要とすることなどを説明する.BLV 感染による発症であれば母子感染の可能性があることを説明する.

本症例が BLV 感染に起因する発症であるかは不明であり,本牛の BLV 感染時期と感染場所も不明である.しかしながら,BLV 抗体が陽性であったことから,BLV に対する予防的措置を講じておく必要はある.本症例からの出生子牛は,出生直後から母牛と同居していたため,十分量の初乳を母牛から摂取していた.したがって,この子牛についてもBLV 遺伝子検出検査を実施したが,陰性であった.本症例においては,BLV 抗体が陽性であったこと,本牛が導入牛であったこと,5 年前の導入時にはBLV 検査をしていなかったこと,子牛が BLV 陰性であったことなどが飼い主である農家の不安感と不信感をあおった.

牛白血病は EBL のほかに子牛型,胸腺型,皮膚型白血病が分類されており,これらは非感染性であるとともに発症年齢にも特徴がある.本症例は,典型的な EBL の発症年齢での発生ではあったが,肉眼的にリンパ節やリンパ臓器の腫瘍化が認められなかったこと,母子感染が成立していなかったこと,末梢血以外に特徴的な病変が認められなかったことなどから,いわゆる牛白血病の典型的な発症例ではなかった.BLV による白血病は,B リンパ球系細胞が腫瘍化することによって発症するため,リンパ節の腫脹を伴う.本症例では,リンパ節及びリンパ系臓器の腫瘍化が認められなかったが,末梢血中には多数の白血病細胞が認められていた.牛以外の動物であれば,急性骨髄性白血病と診断される.生産者にこれらのことをすべて理解させるのは困難な点もあるが,農場内での BLV 感染の可能性もあることを念頭において,継続的な検査の実施を説得する必要もある.


キーワード:牛,牛白血病ウイルス(BVL),地方流行性白血病(EBL),母子感染,白血性細胞