獣医師生涯研修事業Q&A 産業動物編(日本獣医師会雑誌 第69巻(平成28年)第1号掲載)
症 例:豚,雑種,4 日齢.
農場の飼養状況:1,665 頭(種雄豚 15 頭,母豚 150 頭,子豚 1,500 頭).
発生頭数:種雄豚 2 頭,母豚 21 頭,子豚 165 頭(うち死亡頭数 約 131 頭).
臨床所見と経過:農場において嘔吐及び下痢を示す母豚が確認された.併せて,症状を呈した母豚から生まれた哺乳豚は,生後 2 日以降に嘔吐及び下痢を呈して,死亡した.2 日後,家畜保健衛生所に通報があり,立入検査後,病性鑑定を実施した.
立入検査時の臨床症状:下痢,嘔吐,食欲不振,母豚の泌乳停止,哺乳豚の低体温がみられた.
剖検所見:剖検した全 3 頭の胃は膨満し,内容は未消化凝固乳で満たされていた.また,小腸壁は菲薄化しており,未消化物を多く含む黄色内容物が充満していた.大腸壁も菲薄化し,緑黄色内容物が充満していた(図 1).
病理学的検査:剖検した全 3 頭の小腸において腸絨毛が萎縮し,粘膜上皮細胞の空胞形成が広範囲に認められた(図 2).
質問 1:上記の発生状況,臨床経過及び剖検所見から疑われる疾患を答えなさい.
質問 2:本疾患の確定診断に必要な検査を答えなさい.
質問 3:本疾患の予防と対策を答えなさい.
解答と解説
質問 1 に対する解答 :
発生状況,臨床症状及び剖検所見から豚流行性下痢(PED)及び伝染性胃腸炎(TGE)が疑われる.
質問 1 に対する解説:
PED と TGE は,食欲不振,嘔吐及び水様性下痢を主徴とする急性伝染病であり,家畜伝染病予防法により届出伝染病に指定されている.すべての日齢の豚が両疾患に罹患するが,若齢豚では,下痢による脱水が重篤化しやすく,10 日齢以下の哺乳豚における死亡率は 100%に達することもある.
PED と TGE の臨床症状は酷似するため,これらの確定診断には検査施設での各種検査が不可欠である.病性鑑定では両疾患に加え,豚ロタウイルス病,豚コレラ,オーエスキー病,豚大腸菌症,豚赤痢,豚結腸スピロヘータ症,豚サルモネラ症,豚壊死性腸炎及びコクシジウム病などの疾患も考慮し,検査を実施する必要がある.
質問 2 に対する解答:
糞便や消化管内容物等を材料とした RT-PCR にて,PED ウイルス(PEDV)または TGE ウイルス(TGEV)特異的遺伝子を検出するとともに,培養細胞を用いてウイルスを分離培養する.また,発生時と回復期のペア血清を用いて中和抗体の上昇を確認する.
確定診断のためには,小腸を病理組織学的に評価することが必要である.特に農場で初めて両疾患が疑われる場合,病理組織学的に小腸(特に回腸)の腸絨毛の萎縮を確認するとともに,免疫組織化学的検査にて,粘膜上皮細胞の細胞質に PEDV またはTGEV 抗原の局在を証明することが不可欠である(図 3).本症例は,上記の検査により PED と診断された.
質問 2 に対する解説:
PEDV と TGEV はともに,コロナウイルス科,アルファコロナウイルス属に属する.ウイルス粒子は直径約 95~ 190nm の球形または不定形で,エンベロープの表面に放射状に突き出たスパイクを持つ.
PED と TGE の肉眼病変としては,胃の未消化凝固乳の滞留と膨満,小腸における未消化凝固乳の貯留並びに腸壁の菲薄化と弛緩が観察される.病理組織学的には,小腸において腸絨毛の萎縮と粘膜上皮細胞の空胞化,扁平化,壊死及び脱落が観察される.時に融合した粘膜上皮細胞が確認されることがある.免疫組織化学的検査では,PEDV とTGEV の抗原はともに小腸(特に回腸)の粘膜上皮細胞の細胞質で観察される.なお,PEDV では盲腸や結腸においても抗原が確認される.
質問 3 に対する解答:
飼養衛生管理基準の遵守によるウイルス侵入防止が最も有効な予防対策である.防疫処置としては消毒(車両,畜舎,手指消毒)が有効である.母豚へのワクチンの適正使用により哺乳豚の死亡率を下げることができる.また,豚流行性下痢(PED)防疫マニュアル(農林水産省)に基づき,管轄する家畜保健衛生所と緊密に連絡をとり,防疫対策を遂行する.
質問 3 に対する解説:
ウイルスの侵入とまん延防止が PED と TGE の予防対策の要である.罹患豚の糞便に含まれる大量のウイルスが主要な感染源となることに留意し,導入豚の隔離,農場に出入りする人,車両及び物品の出入管理を行う.また,日常的に豚をよく観察し,疾患の早期発見に努める.
市販されている PED と TGE のワクチンは,乳汁免疫の誘導を目的とした母豚接種用ワクチンである.分娩前の妊娠豚に接種することにより,分娩後の乳汁中にウイルスに対する抗体の分泌を誘導する.哺乳豚がこの抗体を含んだ乳汁を不断に摂取することで腸管粘膜表面を抗体で覆い,腸管へ侵入したウイルスを中和して感染量を低減させる.このため,発症低減には,定期的な畜舎の洗浄消毒によるウイルス暴露量の低減に加え,母豚と子豚の泌乳・哺乳管理による乳汁免疫の賦与が非常に重要である.
キーワード:新生豚,下痢,嘔吐,腸絨毛の萎縮,豚流行性下痢