獣医師生涯研修事業Q&A 産業動物編(日本獣医師会雑誌 第69巻(平成28年)第11号掲載)
質問 1:馬の妊娠鑑定の検査を,直腸を介して超音波診断装置により実施した.次の中で誤っているものを 1つ選びなさい.
- a.交配前の卵巣検査にて 5cm の変形した柔らかい卵胞と,4cm の円形のやや硬い卵胞を 1 つずつ認めたので,妊娠検査時に双子に留意した.
- b.交配後 14 日と 35 日の妊娠検査で胚の位置が大きく変化した.
- c.排卵した卵巣と同側の子宮角に定着・着床する確率は高いので排卵した卵巣と同側の子宮を中心に検査を実施した.
- d.交配後 16 日の妊娠検査において,左右子宮角にそれぞれ直径 18mm の胚の存在が認められたため,一方の胚を超音波検査下で用手破砕した.
- e.交配後 14~16 日の超音波診断装置による妊娠検査において,胚であるか,子宮内膜囊胞(シスト)であるか,確定診断をすることができなかった.そこで,数日後に再度妊娠検査を実施した.
質問 2:図の A~E は,直腸から下方に探触子を向けて子宮内を観察した際の,妊娠 13~43 日までの超音波画像を同程度のスケールで示している.胚囊(embryonic vesicle)や,胚本体(embr yo proper)の位置や形により,おおよその妊娠日数を推定することができる.以下の 5 つの子宮内の胚の画像を妊娠の早い時期から順番に並べるとどのような順番となるか選びなさい.
- a.B → D → A → C → E
- b.B → A → C → D → E
- c.D → B → E → C → A
- d.D → B → A → E → C
- e.B → D → E → A → C
解答と解説
質問 1 に対する解答と解説:
正解:c
馬の 2 卵生双子は,妊娠 16 日以内の検査で 5~16%の確率で起こるといわれる.交配前の卵巣検査にて大型卵胞が複数確認された場合は複数排卵及び多胎に留意する.また,馬の精子の受精能保有時間は長いため,複数の卵胞が時間を空けて排卵しても多胎の可能性がある.排卵誘発剤を使用した場合は,さらに双子の発生率が増す.馬の双子はその後の流産率が非常に高く,難産,死産,虚弱子の可能性もあり,翌年の生産率も低いことが報告されていることから,妊娠鑑定時には双子に十分留意する.双子の場合は大きさに差があり,両者が接している場合には小さい胚が吸収されることが一般的であるが,そうでない場合はエコー検査下で用手破砕法(manual crash)により一方の胚を破砕する必要がある.
馬の胚は左右の子宮角及び子宮体部を遊走し,受精後 16 日頃に左右子宮角基部付近に定着・固着(fixation)する.上述の双子の用手破砕は,受精後 16 日以内の定着前に実施することが推奨されている.交配後 14 日における初回妊娠鑑定の後,胚の位置が変化することは十分考えられる.
牛の両分子宮と異なり,馬は双角子宮に分類される.また,上述のように,馬胚は左右子宮角や子宮体部を遊走する.これは胚からの妊娠認識物質を子宮全体に作用させ,全身性に放出されるプロスタグランジンの分泌を抑制する現象であると解され,馬にのみ認められる現象である.馬は牛と異なり,必ずしも排卵した卵巣と同側の子宮に定着・着床するわけではない.
受精後 10~16 日の胚は,一般には円形のエコーフリー像の上下またはどちらか一方にリフレクションと呼ばれる輝度の高い部分がみられることが多いことから,胚と子宮内膜囊胞(シスト)を鑑別することができる.しかし,リフレクションが見えにくい胚の超音波画像もあれば,胚の形状に類似した子宮内膜囊胞にもしばしば遭遇する.さらに高齢馬にはシストは一般的に認められ,診断に混乱を招く要因となる.そのような場合は,シストマッピングを実施したうえで,翌日,翌々日あるいは数日後(場合によっては 4,5 週目の妊娠再鑑定時)に検査観察し,胚の遊走や成長がみられることを確認する.
質問 2 に対する解答と解説:
正解:e
馬の妊娠鑑定は,獣医医療で最も早く導入された超音波画像診断技術であるといわれており,標準像がよく知られている.
図 B は交配後 13 日にみられた胚の画像.上下に輝度の高い部位(リフレクション)がみられることが特徴であり,シストとの鑑別に用いられるが,リフレクションがみられないこともある.
図 D は,交配後 16 日の胚.上部に輝度の高いリフレクションがみられる.胚の 10 時及び 2 時の方向が圧迫されている楕円形を示しており,定着(fixation)が近いことが予想される胚の像と考えられる.その後胚の形状は扇型,ギターピック型を呈し,さらに不整形へと変化する.受精後 21 日までの胚にみられるエコーフリー領域はすべて卵黄囊(yolksac)を示している.
図 E は受精後約 30 日の胚.交配後 4 週目の妊娠鑑定にしばしばみられる赤道付近にある胚を境に,上方が卵黄囊,下方が尿膜囊(Allantoic sac)を示している.
図 A は交配後約 35 日の像となり,胚が赤道付近からさらに上部へ移動していることから,図 E よりもさらに胚の発育が進行している状態がわかる.
図 C は胎齢 43 日.馬では着床(子宮内膜杯の形成)が行われる胎齢 40 日過ぎを胎子と呼ぶ.一般に上方から臍帯が伸びるようにして胎子が描出されている.
馬の妊娠鑑定では,交配日の稟告を受けたのち検査を実施するべきであるが,飼養管理状況により交配された時期が不明なことも多い.また,妊娠 3 週目以降は,子宮の特徴的な緊縮感や大きさの変化から妊娠を診断することも可能である.一方,交配後16 日に胚が確認された馬が,交配後 35 日までに胚が消失する現象,早期胚死滅が 3.0~12.2%に起こるといわれ,触診のみでの妊娠鑑定では早期胚死滅を診断することが難しい.したがって,超音波画像診断装置を用いて胚,胎子を描出し,Ginther(1992)が Reproductive Biology of the mare に紹介した妊娠早期(妊娠 10~45 日)の胚,胎子の超音波標準像を参考に,胎齢を診断することが有用である.
キーワード:超音波画像診断,双子,胚の遊走,子宮内膜囊胞(シスト),早期胚死滅