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獣医師生涯研修事業Q&A 産業動物編

獣医師生涯研修事業Q&A 産業動物編(日本獣医師会雑誌 第70巻(平成29年)第2号掲載)

症 例:牛,ホルスタイン種,雌,3歳,2産,タイストール牛舎で飼養,乳量 33kg/ 日.

稟 告:分娩後 60 日以上が過ぎても発情がない.分娩は正常であり,産子は健全で周産期病の発生もなかった.

検査所見:体温,心拍数,呼吸数に異常は認められず,第一胃運動がやや低下していた.糞尿の性状に異常は認められず,触診による体表リンパ節の異常も認められなかった.直腸検査による触診において子宮の異常を示す所見も認められなかった.

血液検査所見:体温,心拍数,呼吸数に異常は認められず,体高 150cm,推定体重 680kg,BCS 2.5 であった.外陰部は緊縮して粘液などの漏出を認めず,膣検査では著変を認めなかった.直腸検査で左卵巣に直径約3cm の構造物を触知するが,右卵巣には特徴的な構造物を認めなかった.左右いずれの卵巣にも黄体は触知されなかった.左卵巣の超音波検査を実施したところ,直径 3.1cm の構造物が描出された(写真 1).構造物の外壁は菲薄で,内腔はエコーレベルの低い液体で満たされていた.直腸検査で子宮に異常所見は認められなかった.また,血中プロジェステロン濃度は0.33ng/ml 未満であった.


質問 1:本病の診断名と類症鑑別の要点を述べなさい.

質問 2:本病の治療法を述べなさい.

写真 1 無発情を呈する牛の卵巣の超音波画像
解答と解説

質問 1 に対する解答と解説:
卵巣に黄体が存在しない状況で直径 3cm の囊腫卵胞があることから,卵胞囊腫と診断される.卵胞囊腫は,卵胞ウェーブで選抜された卵胞が排卵するサイズを超えて発育して長期間存続し,その結果として生殖機能に異常をもたらす状態を指し,牛の場合には囊腫卵胞が単一の場合には直径 25mm 以上,複数の卵胞が存在する場合には直径 17mm 以上が診断の基準となるとされている.しかし,左右いずれかの卵巣に黄体が存在している場合には,形態的な基準を満たす囊腫があっても卵胞囊腫という疾病に当てはまらないことに注意する必要がある.

卵胞囊腫の発症機作としては従来,「発育した卵胞が排卵の機転を失して囊腫化し…」という概念で語られることが多かったが,Sakaguchi et al(2006)は,卵胞囊腫の発症機序とその転帰は複雑かつ多様であることを報告し,欧米では近年,卵巣囊腫を古典的な用語である ovarian cyst から,cystic ovarian disease(COD)と呼称することが多くなっている.

卵胞囊腫(写真 2)の診断に際しては,黄体囊腫(写真 3)と囊腫様黄体(写真 4)との類症鑑別が重要である.黄体囊腫は,卵胞囊腫の卵胞壁が黄体化して形成され,エコー検査では卵胞壁を内張りする黄体組織が描出される.また囊腫様黄体は排卵後に形成される黄体がその内部に腔を有するものを指す.囊腫様黄体は従来,黄体形成不全のカテゴリーに含まれていたが,排卵後間もない形成期の黄体の多くに内腔が存在することが明らかにされ,内腔を有する黄体もプロジェステロン産生能や受胎性に遜色がない場合が多いことも報告されている.現在では,囊腫様黄体の名称が,欧米では cystic corpusluteum から vacuolated corpus luteum と変わり,囊腫様黄体イコール形成不全黄体とは見なされていない.


質問 2 に対する解答と解説:
性腺刺激ホルモンまたはその放出ホルモン:卵胞囊腫の治療には,ヒト絨毛性性腺刺激ホルモンや性腺刺激ホルモン放出ホルモン製剤が用いられることが多い.この治療の目的は黄体を作ることにある.囊腫卵胞の排卵,あるいは卵胞壁の黄体化を介して黄体期を誘導する.排卵による黄体形成も顆粒層細胞の黄体化も,ともにプロジェステロン産生をもたらし,プロジェステロンはネガティブフィードバックによって下垂体からの黄体形成ホルモンのパルス状分泌を抑制する.これによって卵胞ウェーブの過程における「主席卵胞の異常に長いドミナンス」が起きなくなる.また,卵胞のコントロールよりも黄体(組織)のコントロールの方がはるかに容易である(プロスタグランディン製剤を用いて)ことも重要なポイントである.卵胞囊腫の治療プログラムとして,GnRH 製剤投与から 9 日後に PG 製剤を投与して発情を誘起することで授精にこぎつける方法(GPG 法,Gar verick et al,2007)が提唱されているが,GnRH 単独投与法と比較した有効性については明らかでない.GPG 法による黄体期誘導の期間が 9 日間で適切かどうかは今後の検討課題であろう.

プロジェステロン:卵胞囊腫を天然型または合成誘導体のプロジェステロン製剤で治療するというアイデアは 1950 年代からあったが,その治療成績はまちまちであった.しかし,Todoroki and Kaneko(2006)は,膣内留置型プロジェステロン徐放剤を卵胞囊腫牛に投与すると LH のパルス状分泌が抑制され,視床下部サージジェネレータのエストラジオールに対するポジティブフィードバック機構が回復することを報告した.従来の注射や飼料添加による投与に比べて,徐放剤は抜去によって薬剤の効力消失が急速に起こることも好成績の要因の一つと考えられる.また,卵胞囊腫牛の思牡狂症状が徐放剤挿入から 24 時間以内に消失することも報告されている.当然ながら,プロジェステロン製剤は黄体囊腫には無効であるので,卵胞囊腫にこの治療を行う際には確実な鑑別診断が必須である.

経過観察:これは治療法とは言えないが,考慮すべき重要な選択肢の一つである.卵胞囊腫を治療しなかった場合でも,その半数が治癒したとする報告がある.特に,分娩後の早期に発症する卵胞囊腫は,治療しなくても自然に卵巣周期が営まれるようになる(回復する)ものがあることが知られている(Sakaguchi et al, 2006).フレッシュチェックの時点で確認された卵胞囊腫をただちに治療するかどうかは,対費用効果を考慮して検討すべき課題であろう.


写真 2 卵胞囊腫の内腔
写真 3 黄体囊腫の内腔(卵胞壁の黄体化)
写真 4 囊腫様黄体の割面

参考文献

  • [1] Gar verick HA : Current Therapy in Large Animal Theriogenology, Youngquist RS, Threfalleds, 2nd ed, 379-383, Saunders-Ersevier, StLouis, MO (2007)
  • [2] Sakaguchi M, Sasamoto Y, Suzuki T, Takahashi Y,Yamada Y : Fate of cystic ovarian follicles andthe subsequent fer tility of early postpar tumdair y cows, Vet Rec, 159, 197-201 (2006)
  • [3] Todoroki J, Kaneko H : Formation of follicularcysts in cattle and therapeutic effects of controlled internal drug release, J Reprod Dev, 52,1-11 (2006)

キーワード:卵胞囊腫,黄体囊腫,囊腫様黄体