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獣医師生涯研修事業Q&A 産業動物編

獣医師生涯研修事業Q&A 産業動物編(日本獣医師会雑誌 第71巻(平成30年)第5号掲載)

近年豚の繁殖において人工授精の普及率は上昇しており 70%を超えている.人工授精用精液を供給するための雄個体においては,採取された精液は検査され,正常であると判断された精液が希釈され 15~ 17℃にて冷蔵保存される.冷蔵保存した精液を農場まで運搬し,発情の雌へ人工授精し,産仔を得る.精液検査では,人工授精に不適な(受胎の可能性が低い)精液の異常を未然に発見し,受胎可能な精液のみを人工授精に用いるために必須の検査である.本検査では,精液量,精子濃度,精子の運動性,精子の形態(奇形率)などを調べるが,精子の濃度と量は希釈倍率を決定するために必要な情報であり,また,精液の受胎性を推測するために最も重要な指標は運動性である.一方,奇形率は,精子の運動率と必ずしも一致しないので,精液性状を正しく,多面的に,評価するためのもう一つの重要な指標である.


質問 1:以下の図 1 は精液検査で発見された性状の悪化した奇形精子である.この奇形の名称は何か.正しいものを選びなさい.

  • a.頭部過大
  • b.中片部膨化
  • c.近位細胞質小滴
  • d.遠位細胞質小滴
  • e.コイル状尾部
図 1 性状の悪化した奇形精子

質問 2:図 1 の奇形精子に関する以下の記述のうち,間違っているものを 1 つ選びなさい.

  • a.夏季に精液中に存在する割合が上昇する.
  • b.秋から春にかけて精液中に存在する割合が低下する.
  • c.本奇形精子の割合が上昇しても受胎率には影響を及ぼさない.
  • d.本精子奇形については精子の運動性に影響が及ぼされる.
  • e.豚の夏季不妊症と関連する.
解答と解説

質問 1 に対する解答と解説:
正解:d

a.頭部過大 ×
図 2の正常精子頭部と比較するとわかるように,本設問の奇形精子の頭部は異常な大きさではない.

図 2 正常精子
図 3 頭部過大の精子

b.中片部重複 ×
中片部は屈折しているが重複(中片部が 2 つ形成されている)していない.

図 4 中片部重複の精子

c.近位細胞質小滴 ×
細胞質小滴が頭部直下(中片部の頭部側)に存在する場合の奇形をいう.本設問の細胞質小滴は頭部から離れた位置(遠位)に位置するため不正解.

図 5 近位細胞質小滴の精子

d.遠位細胞質小滴 ○
本奇形では,ヘアピン状に屈折した中片部(ミトコンドリアを有する部分で尾部全体のうち少し太く見える部分)の中に存在する細胞質小滴が見える.細胞質小滴は正常では,精子の形成の過程で余分の細胞質を精子から除くために,中片部の頭部側上方から下方に向かって降下し最終的には精子から脱落する.何らかの理由で,例えば精子の形成異常や頻回に精液を採取したり自然交配に個体を使用すると,完全に脱落する前に射出されたこのような奇形(未熟)精子(中片部の屈折を伴わないものもある)が増加する.


質問 2 に対する解答と解説:
正解:c

a.夏季に精液中に存在する割合が上昇する.
正しい.

豚の繁殖においては,毎年夏季に雄の精液性状の低下と人工授精後の受胎率の低下が起き,これらは秋から春にかけて回復する周年変化を示す.これは,夏季不妊症と呼ばれ,豚の繁殖の特徴である.本設問の奇形精子は,夏季に増加し,受胎率の低下と関連することが示されている.また,中片部の屈折していない精子で遠位あるいは近位細胞質小滴のみ有する奇形も見られるが,これら3 種を合わせた割合が夏季に上昇することが示されている.


b.秋から春にかけて精液中に存在する割合が低下する.
正しい.

a.の解説のとおりである.


c.本奇形精子の割合が上昇しても受胎率には影響を及ぼさない.
正しくない.

前述のとおり,細胞質小滴の奇形精子が増加すると受胎率に影響が出る.一般に,正常では総奇形率 20%以下及び総細胞質小滴率 15%以下が推奨されている.


d.本精子奇形については精子の運動性に影響が及ぼされる.
正しい.

尾部の変形を伴うので,このような精子については運動性が影響を受ける.


e.豚の夏季不妊症と関連する.e.豚の夏季不妊症と関連する.
正しい.

前述のとおり夏季不妊症と関連している.


キーワード:豚,繁殖,人工授精,夏季不妊症,精子