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獣医師生涯研修事業Q&A 産業動物編

獣医師生涯研修事業Q&A 産業動物編(日本獣医師会雑誌 第72巻(平成31年)第1号掲載)

症 例:馬,ミニチュアホース,雌,8 歳,体重 78kg

稟 告:2 カ月前に 3 産目を分娩.約 1 カ月前に厩舎を移動後,下痢を繰り返すようになる.1 週間ほど前から食欲が減少したことから第 4 病日に獣医師による往診治療を依頼.補液,鎮痛薬の投与を行ったが軽快せず.血液検査の結果で GOT が>1000U/l であったことから第 5 病日に紹介され,入院となる.入院当日までは子馬がついた状態であった.

臨床経過と検査所見:入院時の体温 38.3℃,心拍数 44回,呼吸数 36 回.活力低下,削痩が認められた.食欲廃絶で青草,人参などにもまったく反応せず,飲水欲もなし.腹部がやや膨満しているが,疝痛症状はなし.水溶性下痢便を頻回.腸蠕動は両側とも緩慢.写真のように眼球結膜が黄染していた(図 1).血液検査所見は表のとおりであった.


図 1 眼球結膜の黄染
表 血液検査所見(第 5 病日,入院時)

質問 1:上記の臨床経過と検査結果から,この症例の病態を説明しなさい.

質問 2:本症例に対する治療計画を立てなさい.


解答と解説

質問 1 に対する解答:
臨床経過及び血液検査結果から,出産,授乳に伴い負のエネルギーバランスに陥り,さらに移動のストレスが加わったことにより高脂血症を発症したと考えられる.また,黄疸とγ-グルタミルトランスフェラーゼ(GGT)及び総ビリルビン値(T-Bil)の上昇が認められることから脂肪肝を併発し肝機能障害を生じていると考えられる.


質問 1 に対する解説:
高脂血症はサラブレッドなどの品種ではあまり一般的ではないが,ミニチュアホース,ポニー及びロバなどではよく認められる病態である.負のエネルギーバランス及び物理的ストレスが引き金となるが,その背景にはインスリン抵抗性が存在しており,肥満,運動不足,加齢及び高糖・澱粉質食等がリスク因子となる.また,下垂体中葉機能異常(Pituitar y pars intermedia dysfunction : PPID)もインスリン抵抗性を上昇させる.上記のリスク因子を含んだ馬が出産や物理的ストレスにより負のエネルギーバランスへ移行すると血中の遊離脂肪酸(FFA)が上昇し肝臓でトリグリセリド(TG)に変換されるため血中 TG 値が異常高値を示す.

血中の FFA が上昇すると筋肉・肝臓・腎臓などさまざまな組織に脂肪が蓄積する.特に,馬の肝臓は FFA をほとんど利用できずケトン体への変換能も低いため大量の TG を産生し,VLDL への変換が追い付かなくなると TG が肝臓に蓄積することから脂肪肝を併発することが多い.ポニーやミニチュアホースでは,開腹手術時や剖検時に脂肪肝が認められることも多い(図 2,3,4).腎臓も同様に脂肪が蓄積しやすく,高窒素血症へと移行することがあり注意が必要である.本症例は高齢で出産前は肥満気味とリスク因子が高い状態で出産及び移動のストレスがかかったことから,高脂血症を発症し脂肪肝へと移行したものと考えられる.


図 2 ポニーの開腹手術中に認められた脂肪肝
図 3 脂肪肝ポニーの肝臓肉眼所見.脂肪が蓄積し色調が黄色くなっている
図 4 脂肪肝ポニー肝臓の組織所見(HE 染色).大滴性の脂肪の沈着が認められる

質問 2 に対する解答:
負のエネルギーバランスの改善のために栄養補充を行う.同時に脱水及び電解質異常の補正のために輸液を行う.


質問 2 に対する解説:
本症例では食欲が廃絶しているため,栄養補充を行うために経腸または経静脈栄養管理を行う必要がある.最終的な目標は安静時エネルギー消費量(resting energy expenditure : REE)の栄養を与えることであるが,入院中の馬は特に活動量が低下しエネルギー消費が少ないとの報告があることから,22~ 23kcal/kg/day が目標カロリーとして現実的なのではないかと考えられている.一方で病気の馬の場合,上記のカロリーを与えると経腸では下痢を経静脈では高血糖症を惹起する危険性があること,及び REE に達しないカロリーでもインスリン抵抗性の減弱とリパーゼの活性を高めることが期待できることから,5~ 10kcal/kg/day からスタートしてもよいのではないかと提唱されている.投与経路としては経腸が生理的な栄養供給の経路であり腸粘膜の回復にも寄与すること,及びコストと手間の問題から推奨され,経静脈経路は補助的に用いるのが一般的である.経腸栄養剤としては低脂質で肝障害も考慮し低タンパク質かつハイカロリーなものが推奨される.海外では馬用の経腸栄養剤も販売されているが,同様な人用の経腸栄養剤を用いても治療可能であるとの報告もある.本症例では,すぐに準備することができた犬用の経腸栄養剤を用いて10kcal/kg/day からスタートし,入院 2 日目にはTG が 736mg/dl まで減少したことから徐々に23kcal/kg/day を目指して増量していった.

輸液は脱水及び電解質異常の是正を平行して行う必要がある.特にカリウムの低値が認められることが多く,本症例では経腸栄養を初めてからさらに低下(1.8mEq/l)したことから,リンゲル液にカリウムを添加し輸液を行った.

本症例は上記の治療により入院 1 週目には TG が95mg/dl,T-Bil が 3.3mg/dl まで減少し,下痢が治まった.そして入院 2 週目に TG が 48mg/dl,TBil が 2.9mg/dl まで減少し食欲が改善したため退院とした.退院時にも GGT は 2890U/l と依然高値であったが,退院後も特に臨床症状は示さず,退院1 年後には GGT も 87U/l まで減少した.


キーワード:馬、ポニー、高脂血症、脂肪肝