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獣医師生涯研修事業Q&A 産業動物編

獣医師生涯研修事業Q&A 産業動物編(日本獣医師会雑誌 第72巻(令和元年)第5号掲載)

質問 1:次の文は繁殖にかかわるホルモンとその利用法について記述したものである.(A)~(E)にあてはまるホルモンは何か.ただし,同じ文字の箇所には同じホルモン名が入る.


( A )は,視床下部で産生され,下垂体に作用して( B )を分泌させる.サージ状に分泌された( B )は成熟した胞状卵胞に作用して排卵を促す.そのため,( A )の類縁化合物は,排卵誘起や排卵の同期化に利用されている.また,( A )の刺激によって下垂体から分泌される( C )は小卵胞の発育と成熟を促すことから,豚由来の( C )を用いた製剤が牛の過剰排卵誘起に利用されている.

一方,子宮内膜で産生される( D )は,開花期の黄体に作用して黄体を退行させる.その結果,主席卵胞が発育し,発情を誘起する.そのため,( D )の類縁化合物は牛の発情周期短縮による発情の同期化に 利 用 さ れ て い る. ま た, 黄 体 か ら 分 泌 さ れ る( E )は着床と妊娠維持に必須のホルモンであり,( E )の徐放性製剤を黄体期途中で腟内に挿入すると,黄体退行後も擬似黄体期を作って発情周期が延長し,製剤抜去により発情の同期化を図ることができる.


質問 2:酪農家を訪問したところ,分娩後 80 日以上が経過した搾乳牛の発情が来ないとの稟告があった.この牛の分娩に異常は無く,産後の肥立ちも良好で,分娩後 40 日のフレッシュチェックの際には卵巣に黄体を確認し,子宮にも異常を認めなかった.ピーク時の日乳量は 50kg を超え,現在も 40kg 台後半を維持している.どのような状況が推察されるか.


質問 3:質問 2 の牛に直腸検査を行ったところ,図 1 のように左卵巣に直径 35mm 程度と 20mm 程度の波動感のある球状構造物と直径 10mm 程度のやや固めの球状構造物を触知し,右卵巣に直径 25mm 程度と15mm 程度の弾力のある球状構造物を触知した.

どのような状態が考えられるか.また,それに合わせてどのような指導,治療を行うか.


図 1 直腸検査で触知した卵巣のスケッチ
解答と解説

質問 1 に対する解答と解説
生殖にかかわる内分泌器官とそこで生産されるおもなホルモンを図 2 に示す.


A:性腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)
GnRH の一般名はゴナドレリン,医薬品の成分表示には一般名が使われる.酢酸塩や塩酸塩がヒト用の医薬品として使われているが,動物用医薬品としては現在販売されていない.牛の卵胞囊腫,排卵障害,卵巣静止の治療や排卵誘起などにGnRH の類縁化合物(アナログ)であるフェルチレリンの酢酸塩がよく用いられている.フェルチレリンの血中半減期は 30 分程度で,ゴナドレリンとあまり変わらないが,活性が 10 倍以上高いため,少量で効果を発揮する.また,半減期が約1 時間程度と長く,活性もさらに 10 倍ほど高いブセレリンの酢酸塩を使った動物用医薬品も販売されている.

B:黄体形成ホルモン(LH)
LH を成分とする動物用医薬品は販売されていないが,代用としてヒト絨毛性性腺刺激ホルモン(hCG)製剤が使われている.hCG は牛や豚の排卵誘起によく用いられるが,LH より血中半減期が 10 倍以上長いため,排卵を促す作用だけでなく,黄体への賦活作用も認められる.hCG は異種タンパク質であるため,繁用すると抗体が産生され効果が減弱する.

C:卵胞刺激ホルモン(FSH)
卵胞の発育には時間がかかるため,FSH 刺激の継続が必要であり,牛の過剰排卵誘起には 1 日2 回 2~ 4 日間の漸減投与法,あるいは徐放化した投与法が用いられている.市販されているFSH 製剤は豚由来のため,牛に繁用すると抗体産生による薬効の低減が起こる.

D:プロスタグランジン(PG)F
PGFの一般名はジノプロスト,動物用医薬品として販売されているが,半減期が長く,活性が10 倍以上高いアナログのクロプロステノールを使った製剤が普及し,牛の発情同期化と黄体遺残の治療,豚の分娩誘起などに用いられている.ちなみに黄体機能を活性化する PGE2 の一般名はジノプロストンなので,間違わないように.

E:プロゲステロン
性ステロイドホルモンであるプロゲステロンは,脂溶性低分子(分子量 314)のため,シリコーン樹脂に染みこませた腟内留置型の製剤が普及しており,発情周期の同期化,鈍性発情や卵巣静止の治療等に用いられている.シリコーンから徐々に体液中に浸出するため,約 2 週間効果を発揮する.また,徐放性の注射薬が着床障害の治療や習慣性流産の予防に使われている.

図 2 生殖にかかわる内分泌器官とそこで生産されるおもなホルモン(下垂体に括弧書きで示したプロラクチンは狭義の性腺刺激ホルモンではないが,黄体を刺激し,卵胞発育を抑制する.)

質問 2 に対する解答と解説:
以下 4 つの状況が考えられる.

卵巣静止
卵巣に黄体や大卵胞が無い状態,小卵胞の発育が認められる場合もある.分娩時の侵襲等により分娩後の繁殖機能回復が遅延している場合,重度の栄養不足等の場合に生じる.本牛は分娩後 40 日のフレッシュチェック時に異常が無く,乳生産も順調に推移しており,栄養状態も良好で,疾病等の発症も無いと考えられることから,卵巣静止である可能性は低い.

卵巣囊腫
卵巣に黄体が無く,通常の成熟卵胞よりも大型(直径 25mm 以上)の胞状構造物(卵胞囊腫または黄体囊腫)が 1 個または複数存在する状態,直径が10cm を超えるような場合は腫瘍の可能性が高い.排卵を誘起する LH サージを惹起するエストロゲンの正のフィードバックが巧く働かないことによって生じると考えられ,ステロイドホルモンの代謝が亢進する高泌乳牛の泌乳最盛期に多くみられる.濃厚飼料と粗飼料のバランスの乱れ,変敗した発酵飼料の給与等によって発生頻度が増加する.

黄体遺残
排卵後に形成された黄体が受胎していないにもかかわらず正常な周期で退行せず長期間存続する状態,子宮内膜の PGF2α産生の低下がおもな原因と考えられ,潜在性子宮内膜炎や子宮内腔に受胎産物の遺残や粘液等の異物が存在すると生じやすい.本牛はフレッシュチェック時に黄体が存在していたことから,黄体遺残である可能性も考えられる.

なお,事前に授精や受精卵移植を行った場合,その後に発情が認められても妊娠していることがあるので,黄体遺残の診断には妊否の確認が必須である.また,妊娠中期には子宮が腹腔内に下垂するため,子宮全体を確認できない場合は黄体遺残と断定すべきではない.

鈍性発情
通常の発情周期を繰り返しているが,発情徴候が微弱でスタンディングを示さないため,発情を発見できない.高泌乳牛では肝臓でのステロイドホルモン代謝が亢進し,血中のエストロゲン濃度が低下するため,発情持続時間が短縮し,発情徴候も微弱化する.発情時にスタンディングを示す時間と頻度が少なくなると,通常の観察で発情を発見できないため,鈍性発情と見做されることも多い.本牛はこの状態である可能性が高い.

質問 3 に対する解答と解説:
以下 3 つの状況が考えられるが,この場合は図 3のように正常な黄体期(2. または 3.)である可能性が高い.

1. すべての構造物が卵胞:卵巣囊腫
卵巣囊腫は高泌乳牛に多くみられる卵巣疾患である.

卵巣囊腫になった場合,飼養管理の改善とGnRH 製剤や hCG 製剤による排卵・黄体形成の誘起あるいは囊腫卵胞の黄体組織形成の促進,プロゲステロン製剤による疑似黄体期の作出等によって治療する.治療開始が早ければ,回復までに要する時間も短くなるが,超音波画像診断装置を用いても囊腫卵胞と囊腫様黄体との識別が難しいため,確定には経時的な観察が必要である.一方,腟内挿入型プロゲステロン製剤はいずれの場合にも適用されることから,確定診断をせずに処置を開始することも可能である.

2. 左卵巣の大型胞状構造物が囊腫様黄体:正常な黄体期
多数の大型胞状構造物が触知されるため,卵巣囊腫と判断されることが多いが,高泌乳牛では,鈍性発情と二排卵の頻度が高く,二排卵すると片方が囊腫様黄体となることが多いため,正常な発情周期が営まれている可能性は高い.

直腸検査で触知可能な小卵胞は硬く,少し大きくなると弾力感が出て,さらに大きくなると波動感を感じるようになることから,右卵巣の弾力のある直径 25mm 程度の大型構造物は黄体と考えるのが妥当である.超音波画像診断装置が利用可能なら,充実した実質を有する黄体の存在を確認することができる.

本牛は高泌乳による鈍性発情と考えられることから,分娩後 120 日くらいまでは治療せず経過観察しながら明瞭な発情の回帰を待つことが望ましい.畜主が早期授精を望む場合は,PGF製剤投与による発情誘起,複数のホルモン剤を用いた排卵同期化/定時人工授精プログラム等を実施する.定時人工授精の受胎成績は,GnRH 製剤とPGF製剤を組み合わせたオブシンク法よりも,それにプロゲステロン製剤を併用したシダーシンク法の方が良好である.

3. 左卵巣の大型胞状構造物が退行した囊腫様黄体:正常な黄体期または発情期
退行した囊腫様黄体は,卵胞様の構造物としてしばらく存続する.右卵巣の弾力のある直径25mm 程度の大型構造物が黄体なら黄体期,右卵巣の同構造物と左卵巣の直径 20mm 程度の波動感のある球状構造物が卵胞なら発情期に当たる.ただし,成熟卵胞の直径は通常 20mm 前後であり,25mm にもなることは少ない.子宮の収縮状況や外陰部の充血・腫脹,発情粘液の漏出などから黄体期か発情期かは区別できるが,直腸検査だけでは卵巣囊腫との区別が難しい.

超音波画像診断装置で黄体を確認できれば,2. と同様,正常な黄体期として対応する.黄体が確認できない場合は,1~ 2 週間後に再度経過を観察し,黄体形成の有無により正常な発情期だったか卵巣囊腫かを確認してからそれぞれの状態に合わせて対応する.

図 3 想定される卵巣の状態

キーワード:高泌乳牛、鈍性発情、卵巣疾患、ホルモン剤