獣医師生涯研修事業Q&A 産業動物編(日本獣医師会雑誌 第73巻(令和2年)第1号掲載)
症 例:黒毛和種牛
日 齢:23 日齢
主 訴:呼吸速迫,発咳
臨床経過:分娩予定日から 7 日後に出生し,やや過大子で逆子であったために牽引介助で出生した.出生直後は虚脱して呼吸速拍であったためが,しばらくすると活気や哺乳欲が回復して初乳を摂取し,翌日以降も通常通りの哺乳飼育となった.23 日齢より呼吸速迫で間歇的な発咳が認められたために獣医師に往診を依頼した.鼻汁の漏出は認められず,体温 39.0℃,心拍数 88 回/分,呼吸数 48 回/分であり,聴診時に左右前胸部の陥没(図 1)が認められ,特に前胸部で低調性の副雑音が聴取された.気管支炎を疑い抗生剤及び消炎剤による加療を行うが症状は徐々に悪化し,27日齢には活気が減退して呼吸時の喘鳴が認められるようになった.
質問 1:上記の臨床経過から本症例で最も疑われる疾病はなにか.
質問 2:本症例について確定診断を行うために必要とされる検査はなにか.
質問 3:本疾患に対してどのような治療が考えられるか.
解答と解説
質問 1 に対する解答と解説:
本症例は出生時の状況,日齢,臨床所見から肋骨骨折に起因した気管狭窄が疑われる.子牛における肋骨骨折の発生は,難産での介助分娩時に最も多く発生し,さらに逆子(尾位)での出生が多くの割合を占める.また,難産により新生子仮死となることもあるが,多くは出生時に特徴的な異常を示さないことから肋骨骨折に気がつかれないまま通常通りに飼育される.
肋骨骨折の臨床症状として多く認められるのが,活気や哺乳欲の減退,発咳,喘鳴,呼吸困難であり,発咳や喘鳴は哺乳の前後で認められることが多い.聴診では前胸部や頸部で低調性の副雑音が聴取される.これらの臨床症状は多くの例で出生 2 週間~ 1カ月の間に認められるようになるのが特徴で,これは骨折した肋骨が不整癒合する際に徐々に胸郭が狭くなり,気管が圧迫されるためであると考えられる.子牛において肺炎や気管支炎が頻発する時期と一致するため,臨床症状の類似する呼吸器感染症との鑑別が必要となり,分娩時の状況,胸部の形態的変化,呼吸時の喘鳴の有無,聴診における副雑音の聴取などから本症を疑う.
質問 2 に対する解答と解説:
本症例では,肋骨骨折の不整癒合による物理的な気管狭窄による呼吸困難が疑われるため,確定診断を行うためには肋骨の骨折と気管狭窄の有無を確認する必要がある.本疾患について,臨床現場における機器の所有状況から,確定診断を行うために最も一般的に用いられると考えられるのは X 線検査である.胸部単純 X 線検査にて,肋骨の骨折部位と範囲,気管の変形の有無を確認することで本疾患を診断することができる(図 2).ただし胸部側面のみでは左右の肋骨の判別は困難であるため,胸背側正面あるいは斜面方向からの撮影により物理的に圧迫している部位を確認することが必要である.牛の診療でも利用が増えてきている CT 検査は,気管の狭窄部位や走行が明瞭に確認できるとともに,肋骨骨折の範囲,骨折端の変位や不整癒合を確認することができるため,本疾患を確定するために最も適している.
本疾患の病態を把握するためには動脈血液ガス分析が有効であり,酸素分圧(pO2)と二酸化炭素分圧(pCO2)から呼吸不全の状態を推察することができる.一般的に pO2 が 60mmHg 以下であると低酸素血症と診断され,pCO2 が 45mmHg 以下であれば拡散障害によるⅠ型呼吸不全,pCO2 が45mmHg より大きければ換気障害によるⅡ型呼吸器不全が疑われる.本症例では pO2=71mmHg,pCO2=52.8mmHg であることから,気管狭窄により換気が障害されているが呼吸不全にまでは至っていないと診断される(表).
質問 3 に対する解答と解説:
本疾患では,骨折した肋骨とそれに伴う胸骨の変位により,気管が機械的に圧迫されることで気管狭窄が起こり,換気の障害が生じる.そのため,根本的な治療としては圧迫の原因を取り除く必要があり,最も簡易かつ有効な処置は肋骨の部分切除である.気管を圧迫している肋骨及び胸骨の変位は,胸郭の入り口である第 1 肋骨で最も顕著であることが多いが,術野を確保しながら手術を行うためにも第2~ 3 肋間あるいは第 3~ 4 肋間からアプローチし,第 3肋骨あるいは第 2肋骨から第 1肋骨の順に除去を行うことで安全に肋骨の部分切除を行うことができる(図 3).肋骨骨折に起因した気管狭窄以外に離乳後にみられる症状として,第一胃鼓張症を発症することがある.この原因は明確ではないが,肋骨骨折時の胸部での炎症による迷走神経障害が関与していると考えられている.
キーワード:子牛、肋骨骨折、逆子、気管狭窄