獣医師生涯研修事業Q&A 産業動物編(日本獣医師会雑誌 第73巻(令和2年)第9号掲載)
動 物:ホルスタイン種(初妊牛)
年 齢:20 カ月齢
主 訴:昨日の昼から夕方にかけて腹部を蹴るようなしぐさをしていた.今朝は疝痛症状がみられないが飼料を全く食べない.
臨床所見::T 39.5℃,P 94 回/分,R 40 回/分,第一胃運動 0 回 /2 分,活力低下,眼球陥没(図 1),皮温冷
血液検査:初診時の血液検査結果は表のとおりであった.
直腸検査:直腸検査にて左腎下方(腹側)に手拳よりやや大きい硬固な塊を触知した.繁殖診断用リニア型プローブ(10.0MHz)を経直腸であてたところ,図 2の画像が得られた.
質問:本症例の診断名と診断のポイントについて説明しなさい.
解答と解説
質問に対する解答と解説:
診断名:腸重積
診断のポイント:
牛の腸重積は性別,年齢,季節に関係なく発生するが,発生率は成牛に比べ 2 カ月齢以下の子牛で高く,ホルスタイン種に比べてブラウンスイス種は高く,ヘレフォード種は低いといわれている[1].発生部位は空腸が多く,ほとんどが特発性であるが腸管内壁や内腔の腫瘤,ウイルス性腸炎,消化管寄生虫,飼料の急変,消化管用薬,異物なども発症の素因となりうる.
発症から数時間は重積部位の虚血により,落ち着きがなく,腹部を蹴ったり,足踏みしたり,起臥を繰り返すような疝痛症状を示すが,最終的には感覚が麻痺し疝痛症状は消失する.本牛でも入院前日に示していた疝痛症状が翌日(入院日)には消失していたのはこのためである.通常,疝痛症状を示してから 24 時間以内に死亡することはないが,無処置のまま数日経過すると腸破裂による腹膜炎を生じ敗血症で死の転帰をとることとなる.
また,重積は消化管内容物の通過障害を生じさせるため,重積部より近位の腸管内にはガスや液体が貯留し拡張する.さらに第四胃内容液が第一胃へ逆流することで,第一胃内には液状内容が多くなり第一胃運動の減退がみられるようになる.発症から 24~48 時間経過すると,右腹側(もしくは両側)の膨満がみられるようになる.排便量は徐々に少なくなり,粘液や血様物を混じた暗赤色の便を排出するようになる.
腸重積のような腸閉塞性疾患では通常,脱水がみられる(図 1)ため,血液検査では赤血球数及びPCV,総タンパク質濃度の増加が認められる.さらに消化管内容物の通過障害により,低クロール性低カリウム性代謝性アルカローシスが認められる.本牛においても赤血球数,PCV,総タンパク質濃度の増加,低ナトリウム,低クロール,低カリウム血症が認められた.
さらにグルコース濃度の上昇が認められたが,これは重積の疼痛により副腎髄質からエピネフリンが,副腎皮質からは糖質コルチコイドが分泌されたことによる,増量した腹水では,赤血球数,白血球数,タンパク濃度の増加が認められるが,万が一,腸破裂が生じていれば腹水は混濁し培養により細菌が分離される.
直腸検査では拡張した小腸や重積部位は硬固な腫瘤として触知されることがある(手で探索可能な範囲は限られるため絶対ではない).
超音波検査では,消化管の拡張像と蠕動運動の消失が確認できる.また,重積部位の短軸方向にうまくプローブがあたると“target sign(標的様サイン)”,“multiple concentric ring sign(多 層 状 構造)”,“onion ring-type mass(オ ニ オ ン リ ン グ塊)”,“bull's eye(雄牛の眼)”と呼ばれる特徴的な画像(の一部)が描出される(図 3).
治療は外科的に重積を整復もしくは除去することと並行して内科的治療により電解質異常を補正することである.図 4 は本牛における重積部位を示している.図 5 は重積整復後であるが,空腸の一部が暗赤色に変色し壊死がみられたため,腸間膜内血管を結紮後(図 6),マージンを取って壊死した腸管を切除し端々吻合した.切除した腸管内には血様の内容液が充満していた(図 7).腸重積の予後は早期発見で早期に外科処置を施せば良好である.
腸重積と類似した臨床症状や臨床検査所見を示す疾患として,第四胃潰瘍,腸管の機能的閉塞,出血性腸症候群(HBS)毛球症,異物,腸間膜ヘルニア,迷走神経障害,脂肪壊死症,空腸フランジ捻転があり,これらとの類症鑑別が必要である.
参考文献
- [ 1 ]Constable PD. St Jean G, Hull BL, Rings DM,Morin DE, Nelson DR : Intussusception in cattle: 336 cases (1964-1993), J Am Vet Med Assoc,210, 531-536 (1997)
キーワード:脱水、腸重積症、target sign、超音波検査