獣医師生涯研修事業Q&A 産業動物編(日本獣医師会雑誌 第74巻(令和3年)第1号掲載)
症 例:ホルスタイン種,雌,6 歳 5 カ月齢,分娩から7 カ月経過,非妊娠.
主 訴:昨日の夜から飼料をまったく食べず,腹部を蹴るようなしぐさが見られ,起臥を繰り返す.
臨床症状:T 37.5℃,P 114 回/分,R 36 回/分,第一胃運動 0 回/2 分,活力低下,食欲廃絶,乳量減少,眼球陥没(図 1),疝痛,排便なし,右側腹部膨満(図2),右膁部の振とうにより拍水音聴取,右膁部の寛結節付近から右側第 8 肋間までの広範囲で金属性反響音聴取.
直腸検査:糞便は認められず,骨盤前方で丸く大きく緊張した管状の臓器が触知され,腹側方向へと沈下していた.
血液検査結果(初診時):
質問 1:本症例で最も疑われる疾病はなにか.
質問 2:本症例に対してどのような治療が考えられるか.
解答と解説
質問 1 に対する解答と解説:
臨床症状,金属性反響音が右膁部の寛結節付近から右側第 8 肋間までの広範囲で聴取されること,直腸検査で骨盤前方に丸く大きく緊張した管状の臓器が触知され,腹側方向へと沈下していることから,盲腸変位が最も疑われる.
盲腸変位は回腸連絡部位や結腸近位ワナで背側に後屈する背側反転と腹側に後屈する腹側反転,盲腸の長軸に沿って回転する盲腸捻転に分類される[1].一方,盲腸拡張では盲腸の膨張は認められるが,捻じれはない.盲腸拡張と変位では低カルシウム血症と盲腸内の高濃度揮発性脂肪酸が盲腸運動に対して抑制的に働くことが報告されているが,原因は不明である[1].盲腸変位の症状は食欲不振,疝痛,乳量減少が明らかであり,心拍数は増加し,第一胃アトニーが好発する.
排便はきわめて少量か認められず,右側腹部の膨満が明らかであり,振とうにより拍水音が聴取される.また,金属性反響音の聴取エリアは大きく,右膁部の寛結節付近から右側最後肋骨よりも,さらに頭側に拡がる.一方,盲腸拡張では変位と同様な症状が認められるが,より軽度で金属性反響音は右膁部の寛結節付近から右側最後肋骨で聴取される.本症例では上記症状が明らかであり,金属性反響音は右膁部の寛結節付近から右側第 8 肋間までの広範囲で聴取された.
血液検査では,盲腸変位と盲腸拡張症例の 13%で循環不全を示す Hct 値が上昇し,低カルシウム血症は 48~79%で認められ,変位では低カリウム低クロール性代謝性アルカローシスが認められる場合もあると報告されている[2].本症例では脱水による Hct 値,総蛋白質濃度,BUN の上昇が認められ,また,低カルシウム,低クロール血症も認められた.
直腸検査において,反転では盲腸尖は触知されないが,盲腸体が骨盤前方で丸く大きく緊張した管状の臓器として触知される.盲腸捻転では拡張した盲腸尖,捻じれて緊張した回盲腸ヒダが触知される.盲腸拡張では拡張した盲腸尖が骨盤腔前方あるいは骨盤腔内で触知されるが,捻じれはない.本症例では盲腸尖は触知されず骨盤前方で丸く大きく緊張した管状の臓器が触知され,腹側方向へと沈下していたことから腹側反転が強く疑われる.
類症鑑別が必要な疾病としては,第四胃右方変位,第四胃捻転,腸重積,腸間膜捻転,腎盂腎炎等による腹部痛がある.
質問 2 に対する解答と解説:
直腸検査で変位が疑われる場合は,盲腸切開術適用である.盲腸拡張では全身状態が良く,排便が認められる場合は内科療法適用となるものもある.盲腸切開術は起立位,局所麻酔下で右膁部を切開し,盲腸を創外に引き出し,盲腸尖を切開して内容物を排液する(図 3).
その後,盲腸切開部位を縫合して腹腔内に戻し,盲腸尖が解剖的な正常位置である尾側方向に向くように整復し,常法により閉腹する.本症例では盲腸切開術の際,腹側に後屈する腹側反転であることが確認された.術後の再発率は10~22.5%,術後 19 カ月以内の生存率は 91%と報告されている[1].
参考文献
- [ 1 ] Steiner A : Surger y of the cecum, Farm AnimalSurger y, Fubini SL, et al eds, 2nd ed, 317-324,ELSEVIER, St. Louis (2017)
- [ 2 ] Meylan M : Cecal dilatation and dislocation, Veterinar y Clinics of Nor th America Food AnimalPractice, Anderson DE, et al eds, Field Surger yof Cattle, PartⅡ, 480-485, SAUNDERS, Philadelphia (2008)
キーワード:金属性反響音,直腸検査,盲腸変位,盲腸切開術