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獣医師生涯研修事業Q&A 産業動物編

獣医師生涯研修事業Q&A 産業動物編(日本獣医師会雑誌 第74巻(令和3年)第9号掲載)

症 例:馬,サラブレッド種,雄,3 日齢,体重 60kg

稟 告:3 日前に生まれた子馬の元気がない.

臨床経過と検査所見往診時,体温 39.0℃,心拍数 162回 / 分,呼吸促迫,哺乳欲・活力ともに廃絶,眼球結膜及び口粘膜に顕著な黄疸が認められた.また,茶褐色尿及び排便量の減少を認めた.血液検査所見は表のとおりであった.その後,遊泳運動や四肢痙攣などの神経症状を示すようになり,2 日後に死亡した.


初診の前日にベビーチェック(新生子馬の健康状態・免疫移行状態を確認するための検査,軽種馬生産地では希望する牧場で実施)を行っており,この時は軽微な黄疸を認めたが,哺乳欲・活力ともに良好であり,血液検査では,Ht 24%,IgG 1,919mg/dl であった.また,前年同じ母馬から生まれた兄弟馬も生後 3 日目に軽度の黄疸を認めたが,その他の症状はなかった.

表 血液検査所見(初診時)

質問 1:上記の臨床経過と検査所見から,本症例の病態を説明しなさい.

質問 2:本症例に対する治療計画を立てなさい.

質問 3:畜主は本症例の母馬を今後も繁殖供用したいと考えている.今後の予防対策を立てなさい.

解答と解説

質問 1 に対する解答:
臨床症状と血液検査結果から,症例馬の赤血球抗原に対する抗体を含む母馬の初乳を摂取したことにより新生子溶血性黄疸を発症したと考えられる.また,重度の高ビリルビン血症がみられることから,ビリルビンの毒性による中枢神経障害(核黄疸)を起こしたと考えられる.


質問 1 に対する解説:
Aa,Qa などの赤血球抗原を持たない母馬が,妊娠中や出産時に胎子の赤血球に感作されると,抗Aa,抗 Qa などの抗体を産生する.次回分娩以降の子馬がこの母馬の初乳を摂取すると,初乳から吸収された抗体により子馬の赤血球が破壊され,溶血性貧血と黄疸を発症する.抗赤血球抗体の摂取量や吸収量により発症の速さと重篤度はさまざまで,初乳接種後数時間で貧血があらわれる子馬もいれば,出生後 1 週間で軽度の貧血と黄疸を示す子馬もいる.発症すると,元気消失し哺乳減退,可視粘膜の貧血と黄疸を示し,心拍数・呼吸数が増加する.発症初期には貧血による低酸素症となり,次いで重症例ではビリルビンの毒性が中枢神経障害や腎不全を起こし,通常 2~4 日齢で死亡する.サラブレッドでの発症率は 1%未満とされている.今回の症例は,前年の妊娠中あるいは出産時に抗体産生され,今回の子馬で重度の発症がみられたと考えられる.IgG 濃度が 800mg/dl 以上であれば免疫移行は十分であると考えられるため,ベビーチェック時の IgG 濃度が 1,919mg/dl であった症例馬は,母馬からの移行抗体は十分に吸収されていたと考えられ,同時に抗赤血球抗体も大量に吸収され,急激な溶血性貧血(1日で Ht 24%から 9%に減少)を引き起こしたと考えられる.重度の高ビリルビン血症は,重度の溶血による間接ビリルビンの増加と,それに伴う肝機能障害による直接ビリルビンの増加により引き起こされたと考えられる.


質問 2 に対する解答:
ユニバーサルドナーからの全血輸血及び高ビリルビン血症による痙攣の治療.


質問 2 に対する解説:
ユニバーサルドナーとは,溶血につながる赤血球抗原(Aa,Qa)も抗赤血球抗体も持たない馬のことである.生産地にはこの証明を受けた馬が複数頭存在する.ユニバーサルドナーの血液が使えない場合には,母馬の全血を遠心と洗浄を 3~4 回繰り返し,抗体を含む血漿を除去した洗浄赤血球浮遊液を輸血する.これらが使用できないあるいは緊急性が高い場合には,本症を発症した子馬を生んだことのない同居馬の全血を慎重に投与する.輸血により一時的に貧血が改善されても,再度の溶血の進行とビリルビン値の推移に注意が必要である.高ビリルビン血症のため中枢神経障害を起こしている症例には,痙攣を抑えるためジアゼパムやフェノバルビタールを投与する.同時に酸素吸入や持続点滴も行う.


質問 3 に対する解答:
子馬出生後,母馬の初乳を廃棄し,48 時間は哺乳させない.その間,子馬には他の母馬の安全な初乳を与え,その後,市販のホースミルクなどを与える.その後も注意深い観察は不可欠である.


質問 3 に対する解説:
血統的に価値の高い繁殖牝馬や産駒の成績の良い繁殖牝馬では,繁殖供用の継続を希望する場合が多い.分娩後 48 時間経過するまでに母乳に含まれる抗体は減少し,子馬の抗体吸収能も低下するので,それまでは母乳を廃棄し代替乳を与える.このような事態に備えるため,良質な初乳をあらかじめ保存しておく必要があり,冷凍保存で1年間は有効である.保存する初乳は,本症発症歴のない牝馬から採取し,Brix 値 20 以上の移行抗体を多く含んだものが望ましい.また,48 時間経過し母馬からの哺乳を開始した後も,母乳に少量の抗体が含まれることが懸念されるため,注意深い観察を継続する必要がある.

あるいは,出生後すぐに母馬から隔離し,代替初乳投与後,乳母馬を導入し哺乳させ,離乳まで乳母馬とともに生活させる.ただし,乳母馬導入には 1頭あたり約 150 万円と高額な費用がかかる.


キーワード:新生子馬,溶血性黄疸,初乳,ユニバーサルドナー