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獣医師生涯研修事業Q&A 産業動物編

獣医師生涯研修事業Q&A 産業動物編(日本獣医師会雑誌 第75巻(令和4年)第1号掲載)

症 例:ホルスタイン種雌牛,8 歳 5 カ月齢,6 産,分娩後 9 日目

臨床症状:正常分娩.分娩時の低カルシウム血症及び子宮炎等の疾病は認められなかった.分娩後,軽度の元気消失,食欲減退を呈した.体温:38.7℃,脈拍:72回/分,呼吸数:22 回/分,ボディコンディションスコア:3.25,ルーメンフィルスコア:2 であった.携帯型血糖・ケトン体測定装置(プレシジョンエクシード,アボットジャパン㈱,千葉)にて測定したところ,血中のグルコース濃度(GLU)が 34mg/dl,β-ヒドロキシ酪酸濃度(BHBA)が 2.3mmol/l を示した.一般血液,生化学検査及び血液ガス検査結果を表に示す.一般血液検査では白血球数(WBC)が 39×102/μl と低値を示した.生化学検査結果ではアスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ(AST)が141 IU/l,非エステル化脂肪酸(NEFA)が 859μmol/l と高値を示し,中性脂肪(TG)が 4mg/dl と低値を示した.血液ガス検査では血中グルコース濃度(GLU)が40mg/dl と低値を示した.

治 療:酢酸リンゲル液(酢酸リンゲル-V 注射液,日本全薬工業㈱,福島)3,000ml,25% グルコース液(ビタミン B1 加ブドウ糖 V 注射液,日本全薬工業㈱,福島)1,000ml,ビタミン B1 製剤 100ml(アニビタン500 注射液,フルスルチアミンとして 500mg,㈱インターベット,東京)およびメチオニン製剤 100ml(レバチオニン,DL-メチオニンとして 1g)を 1 時間以上かけて静脈内投与したところ,治療後の GLU が171mg/dl,BHBA が 2.7mmol/l と上昇した.


質問 1:本症の診断名を述べよ.

質問 2:本症の病態と治療方針を考察せよ.


表 一般血液,生化学検査及び血液ガス検査結果
解答と解説

質問 1 に対する解答と解説:
本症はⅡ型ケトーシスと診断した.分娩後 9 日目において低血糖と高ケトン血症を呈したこと,25%グルコース液の治療を行ったところ血糖値が上昇した(34 → 171mg/dl)にも関わらず,BHBA 濃度が低下せず,逆に上昇した(2.3 → 2.7mmol/l)ことから,グルコースを利用できないⅡ型ケトーシスと診断した.本疾病の病態はファットカウ症候群(脂肪肝)に関連し,人のⅡ型糖尿病に似ていることからⅡ型ケトーシスと呼ばれている.本牛は分娩4日前の血液検査結果において,NEFAが475μmol/l と高値を示しており,分娩前から負のエネルギーバランスに陥り脂肪動員が始まっていたと考えられた. 分娩後3日の血液検査では,NEFA:1521μmol/l,GLU:72mg/dl,BHBA:1.6mmol/l であり,分娩直後に大量の NEFA が動員されて脂肪肝の状態に陥っていたと考えられた.Ⅱ型ケトーシスは分娩後 1〜2 週目に発生しやすいとされるが,本症は分娩後 3 日目にすでに潜在性ケトーシスと診断される状況であり,9 日目にはグルコースによる治療を行ったが効果が見られず,その後も負のエネルギー状態が継続して分娩後 24 日目には BHBA が4.9mmol/l まで上昇したため,分娩後 30 日目に25%キシリット注による治療を行った.


質問 2 に対する解答と解説:
Ⅰ型ケトーシスでは,グルコースの静脈内投与によく反応し,糖前駆物質(ルーメンから吸収されるプロピオン酸や小腸からのアミノ酸)の供給が円滑に進めば回復する.一方,Ⅱ型ケトーシスの場合は脂肪肝を伴い,インスリン抵抗性を示すことから,細胞内に取り込む際にインスリンを必要とするグルコースは効果が期待できない.本症例も 25%グルコース 1l を静脈内投与したが,BHBA の低下はみられなかった.

本症例に対して,分娩後 30 日目に 25%キシリット液(キシリット注 25%,日本全薬工業㈱,福島)による治療を試みた(図 1).キシリットはインスリンを必要とせずに細胞内に取り込まれる.そのため,抗ケトン作用が高く,効率よくエネルギーを補給することができる.治療前の検査では GLU:35mg/dl,BHBA:4.9mmol/l であり,9 日目に実施した輸液メニューのうち 25%グルコース液 1,000ml を 25%キシリット液 1,000ml に置き換えて投与した(ステージ 1).輸液終了直後に GLU:47mg/dl 及びBHBA:3.6mmol/l と BHBA の低下が観察された.

BHBA のさらなる低下を目的に,25%キシリット注1,000mlを追加投与したところ(ステージ2),GLU:26mg/dl,BHBA:1.5mmol/l まで低下した.同時に血中乳酸濃度をラクテート分析装置(ラクテート・プロ 2,アークレイ㈱,京都)で測定したところ,治療ステージ 1 終了時は 0.9mmol/l であったが,治療ステージ 2 終了時では 3.0mmol/l と高値を示した.これはキシリットの代謝過程で生じたピルビン酸が TCA 回路で処理できず,乳酸に変換されて高値を示したと考えられた.そのため,ステージ2 の治療においては,投与速度をさらに遅くする対応が必要である.計算上,ステージ 1 及びステージ2 のキシリット投与速度は 1,000ml の投与時間を 1時間と設定したため 0.42g/kg/h であったが,ステージ 2 においては推奨投与速度で 0.3g/kg/h 以下にするべきであると考えられる.翌日の検査では GLU:60mg/dl 及び BHBA:3.3mmol/l と前日の治療前に対して改善が認められた.

本牛のその後の経過を図 2 に示した.特に脂肪肝に対する治療は実施せず,もっぱら輸液剤と糖源物質の経口投与による治療を何度か短期的に試みたが,25%キシリット液の治療後は,徐々に BHBAが低下し,最終的に分娩後 94 日目に潜在性ケトーシスの診断閾値である 1.2mmol/l を下回ったことから,治癒と判断して検査を終了した.

海外の文献によると,臨床型ケトーシスの治療にはグルコースの他,デキサメタゾンやインスリンの投与が行われている.日本においてデキサメタゾンは休薬期間として牛体 4 日,牛乳 12 時間が設定されているため,その使用には注意が必要である.また,牛用のインスリンは市販されておらず,安全性及び残留性の問題から日本での使用は限定的である. また,Ⅱ型ケトーシスのようにインスリン抵抗性を示す症例でのインスリン投与は効果が期待できない可能性も考えられる.以上のことから,Ⅱ型ケトーシスに対する治療において最適の糖質はキシリットであるが,その投与速度は 0.3g/kg/h 以下が望ましい.


図 1 分娩後 30 日目に行なった 25%キシリット液の投与効果
図 2 対象牛の経過

参考文献
  • [ 1 ] 及川 伸:乳牛のケトーシス,産業動物臨床医誌,4,118-124(2013)
  • [ 2 ] 小岩政照:乳牛における Fat Cow Syndrome の臨床 学 的 所 見, 酪 農 学 園 大 学 紀 要,19,111-134(1994)
  • [ 3 ] Gordon JL, LeBlanc SJ, Duf field TF : KetosisTreatment in Lactating Dair y Cattle, Vet Clin NAm-Food A, 29, 433-445 (2013)
  • [ 4 ] Sakai T, Hayakawa T, Hamakawa M, Ogura K,Kubo S : Therapeutic ef fects of simultaneoususe of dextrose and insulin for ketotic dair ycows, J Dair y Sci, 76, 109-114 (1993)
  • [ 5 ] Sakai T, Hayakawa T, Kubo S : Glucose and Xylitol Tolerance Tests for Ketotic and HealthyDair y Cows, J Dair y Sci, 79, 372-377 (1996)

キーワード:Ⅱ型ケトーシス、脂肪肝、キシリット注