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獣医師生涯研修事業Q&A 産業動物編

獣医師生涯研修事業Q&A 産業動物編(日本獣医師会雑誌 第75巻(令和4年)第5号掲載)

症例:馬,サラブレッド種,去勢,13 歳,体重 500kg

稟告:前日昼頃に食欲なし,前掻・横臥の疝痛症状あり.

一次診療獣医師の所見:横臥,食欲なし,前掻きを認めたため,鎮痛剤で加療.以後,3~4 時間程度の間隔で再発を繰り返すが,疼痛は鎮痛剤により改善する.直腸検査にて,盲腸内にガス貯留,結腸に硬い塊を触知したため,手術を必要とするか診てほしい.

臨床経過と検査所見:来院時,体温:38.2℃,脈拍:40回/分.活気あり.可視粘膜正常,毛細血管再充塡時間正常,疝痛症状を認めず.馬運車内に排便を認めるが,球状~半球状で一部崩れ,指で容易につぶせるほどの硬さであった.直腸検査にて結腸に人頭大で粘土状の塊を触知した.超音波検査にて結石は確認できず.

表 1 血液検査所見(来院時,2 病日目)

質問 1:臨床経過と血液検査所見(表 1)から,この症例の病態を説明しなさい.

質問 2:この症例の治療計画と注意すべき点について説明しなさい.

解答と解説

質問 1 に対する解答:
臨床経過から,消化管の通過障害が改善されないため疼痛を示したものと考えられる.ただし,疼痛が軽度であったため,苦痛は鎮痛剤により一時的には緩和されたものの,通過障害が解消されなかったため,間欠的な疝痛が持続したものと考えられる.来院時は,疝痛を認めず,直腸検査より結腸に人頭大の硬い塊を見つけたものの,粘土状であった.血液検査所見では,HCT が 44.7%と脱水を疑う所見が認められた.以上の所見から,馬の直腸検査での触知や超音波検査での探査できる範囲が限られるため確定的ではないが,まず便秘疝を疑った.


質問 1 に対する解説:
本症例では,馬運車内に排便を認め,直腸検査により盲腸内にガス,結腸に粘土状の塊を触知したことから便秘疝を疑った.疝痛時は,体温,心拍数,消化管の聴診,打診などにより一般状態を把握した後,呼吸数,心拍数,前掻き,横臥の繰り返しなどから推測される痛みの程度,頻度,持続時間などをもとに,さらに詳細な直腸検査,腹水の検査,診断的治療へと進めていく.一般状態が良好な場合には,鎮痛剤による疼痛緩和により経過を観察する.もし,疝痛を繰り返す場合や痛みが強い場合,あるいは鎮痛剤への反応が弱い場合は,より詳細な情報を得るために直腸検査が実施される.直腸検査の要領は,『The equine acute abdomen』に詳細な記述がある(例えば[1, 2]).直腸検査は,枠場や馬房内において実施されるが,まず,鼻捻子の装着,あるいは鎮静剤を投与して実施する.次に,十分に粘滑剤を手腕及び肛門周囲に塗布し,手指から順に直腸へ滑り込ませる.怒責が収まらない場合,ブチルスコポラミンや尾椎硬膜外麻酔などを用いることで,直腸穿孔のリスクを軽減できる.手を挿入したら,直腸内に貯留している糞の量,硬さを確認する.糞が粘液で覆われ,硬く,乾燥している場合は,糞便の停滞あるいは通過障害を疑うが,湿潤で悪臭が強い場合は大腸炎を疑う.

腹腔臓器の解剖学的な位置関係を,直腸を中心として,時計回りに左背側域,右背側域,右腹側域,左腹側域の 4 つの象限に区切って確認する.まず,左背側域では,左体腔の内壁とともに辺縁が鋭角で平滑な脾臓に触れる.さらに上方に手を進めると,腎脾靭帯,腎脾腔及び左腎の後極に触れる.左腎より右前方部正中から右方向に進めると,動脈,内・外腸骨動脈,及び腸間膜根に触れる.右背方域には盲腸底,その背方に拡張時にのみ触れることができる十二指腸がある.盲腸底より腹側に進めると,腹側及び内側にある背尾から腹頭側方向に伸びる腸ヒモに触れる.盲腸の大半は触れることはできないが,右腹側域ではその盲腸内容,さらに腹側正中に進めると腹腔底に触れることができる.さらに後方,左腹側域には,結腸骨盤曲及び背側結腸に触れることができる.ただし,大結腸が空虚な場合には,骨盤曲に触れるのは困難である.左背側結腸は膨起や腸ヒモがないことから識別可能である.一方,左腹側結腸は頭尾方向に走る 2 つの腸ヒモ及び膨起に触れることで識別される.

糞塊が形成された小結腸は,左腹側域でしばしば触知できる.小腸は蠕動収縮の際に触れることができるが,拡張していなければ触れるのは困難である.最後に,腹側尾方向の生殖器の構造や骨盤の辺縁の構造を意識して触れる.膀胱では肥厚や結石の有無を確認する.もし,膀胱が尿で拡張している場合は,必要に応じて膀胱カテーテル等により排尿させて,骨盤辺縁から頭側,やや腹外側方向の骨盤辺縁にある内鼠経輪を確認する.

直腸検査は手術の必要性を判断するうえで必要な手技であるが,直腸の損傷や穿孔のリスクを伴うため細心の注意を払う必要がある.また,時には直腸検査の実施や確定診断が困難なため,鎮静剤の効果が弱い場合や,違和感を認めた場合には二次診療施設へ手術が必要かを含めて相談する必要がある.


質問2 に対する解答:
便秘疝を疑った場合には,①食餌制限,②曳き運動,③鎮痛剤,④下剤,⑤経腸輸液,⑥静脈内輸液,⑦腸管運動促進剤のいずれかを選択して治療する.ただし,薬物治療の多くは症状を悪化させることがあるため,通過障害がないか一時的な経過観察ができるかをあらかじめ判断しておく必要がある.本症例では馬が落ち着いており,緊急性がないことから,①食餌制限,②曳き運動,⑥静脈内輸液が選択され,牧場で観察することとなった.


質問2 に対する解説:
わが国で使用されているが海外では承認されていない薬や,わが国ではほとんど知られていない薬の使用に注意が必要であるが,疝痛の内科的治療についても,『The equine acute abdomen』に詳細な記述がある(例えば[2]).馬の消化管閉塞を疑う場合,完全な閉塞は手術が必要であるが,それ以外の内科治療には前述の①~⑦などが知られている.①食餌制限は,給餌により障害部分が拡大し緩和が困難なため,通過障害が解除されるまで絶食が望ましい.重い通過障害のため内科治療で完全に回復するまで長期のものでは 6 日間絶食できる.ただし,制限給与によって,消化管運動が刺激されることもあるため,少量の乾草やブランマッシュが与えられることがある.②曳き運動は,消化管運動と便の排出を刺激することができる.③鎮痛剤は,フルニキシンメグルミン(バナミン,0.25~0.5mg/kg,1日最大 4 回まで)が有効である.ただし,緊急手術が必要となる兆候などの変化を認めにくくすることがあるため,少量から開始し,0.5mg/kg で再発する場合は 1.0mg/kg と増量する.投与後,1 時間で再発を認める場合は手術を考慮する.④下剤は,消化管内の水分含量を増やし,消化管内容物を柔らかくして内容物の流れを容易にする.ただし,経鼻胃カテーテル挿入により,胃内容の逆流を認める馬には禁忌である.ミネラルオイルとして,流動パラフィン(5~10ml/kg 1 日 1~2 回,経鼻投薬)は程度の弱い結腸通過障害に水や食塩水に混ぜて用いられる.通過障害がなければ,通常は胃内に投与してからおよそ 12 時間で肛門まで到達する.肛門から会陰にかけて油の付着を認めることで到達を確認できる.ただし,通過を妨げている異物の周囲を通過することがあるため,例えば,閉塞内容が腸石や砂などの場合は,解除できないことに注意が必要である.通過障害が解消する兆候を認めた場合には,12 時間毎に再投与可能である.結腸の通過障害は,一般に 3~5 日以内に解消する.膨潤性下剤は,水分を吸収することで糞の量を増やし,内容を柔らかくし,腸運動を刺激する.わが国でなじみが薄いサイリウム(オオバコ)(1g/kg)は,1 日最大 4 回まで投与できるようである.また,内容が砂の場合でも,2,3 週間連日投与すれば取り除くことができる.海外では Metamucil という粉末が販売されており,日本にも輸入されている.粉末は水に溶かして経鼻胃カテーテルで投与できるが,調剤に時間を要すると厚いゲルを形成してしまうため,調整後ただちに投与する必要がある.塩類下剤は,浸透圧性下剤としても利用できる.例えば,硫酸マグネシウム(0.5~1.0g/kg)は,4l の温水で溶解し,経鼻胃カテーテルで 1 日 1~2 回投与できる.ただし,重度の大腸炎やマグネシウム中毒が起こるため,3日を超える投与は禁忌である.⑤経腸輸液は,静脈内輸液のような正確な調整を必要とせずに,液体を消化管に直接投与することで,腸の蠕動運動を刺激する.胃内容の逆流などの異常がない馬に対しては,経鼻胃カテーテルを用いて体重 450kg 当たり最大 8l まで投与できる.水,等張液,あるいは高張液を用いて,30 分から 1 時間おきに再投与できる.経腸輸液は結腸の通過障害によく用いられる方法で,平均で 2.5 日間,総量 85~208l で通過障害が解消する.⑥静脈内輸液は,循環血液量が低下している場合や,脱水の場合,胃内容の逆流によって経腸輸液ができない場合においても可能なことから,24 時間を超える長期の通過障害の治療に有効である.電解質バランスの取れた輸液を維持量である 120ml/kg/day を 2 回投与することで,循環血液量を回復し,併用した下剤に反応して大腸内へ液体を分布させることができる.⑦腸管運動促進剤は,軽度の便秘疝時の排出促進に用いられる.アメリカでは承認されていないようだが,5-HT4 選択的作動薬のクエン酸モサプリド(ガスモチン散)は,小腸や盲腸の運動性を高める.1.5mg/kg を 24 時間に 1 回経鼻カテーテルで投薬する.ただし,重度の疝痛時には疼痛を誘発する.

それぞれの病態には個体差等があることに注意が必要であるが,馬の疝痛において一般に手術が必要かの判断には,以下の指標があげられている(表 2)[2].また,緊急性は,心拍数が 60 回/分を超えるような持続的な上昇や,循環障害の指標である毛細血管再充満時間が 5 秒を超える上昇,ヘマトクリット値が50%を超えるような脱水,乳酸値が4mmol/lを超えて持続的な上昇を示す乳酸アシドーシスを臨床症状と併せて判断する必要がある.また,二次診療施設等へ輸送する際には,輸送している間の十分な鎮痛剤の提供,自発的な胃内の減圧を目的とした胃内カテーテルの留置,必要に応じてショックに対する処置と抗菌剤の投与が推奨されている.本症例は,牧場に戻ってから症状が悪化したため,再度来院して試験開腹手術により停留していた結腸の糞塊を除去し,合併症なく 2 週間で退院した.

表 2 馬の疝痛症例における外科的治療介入の考え方

参考文献

  • [ 1 ] White NA : The equine acute abdomen, Lea & Febiger, Philadelphia London (1990)
  • [ 2 ] Blikslager et al eds : The equine acute abdomen,3rd ed, John Wiley & Sons (2017)

キーワード:馬,疝痛,便秘疝,直腸検査,手術適応評価