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獣医師生涯研修事業Q&A 産業動物編

獣医師生涯研修事業Q&A 産業動物編(日本獣医師会雑誌 第75巻(令和4年)第9号掲載)

症 例:牛,黒毛和種 雌 2 カ月齢(図 1)

稟 告:突然の起立不能,以前は体格もよく食欲旺盛

臨床所見:初診時体温 38.8℃,心拍数 90 回/分,呼吸数 38 回/分.起立せず沈鬱で食欲廃絶.眼球は高度に陥凹し,膿性鼻汁を認める.左下腹部より拍水音が聴取され,腸蠕動音は弱く,糞便は水様であった.排尿は確認されず,四肢末端に冷感があり.肺音は粗雑で左右から乾性ラッセル音が聴取された.

輸液と抗菌薬による治療を行ったところ,第 3 病日には下痢症状は改善し排尿も確認されたが,眼球陥凹及び四肢末端の冷感は持続し,活気なく,肺音粗励で,起立欲はあるものの起立できず,特に前肢が常に屈曲しており自力での伸展が困難であった.全身の筋肉は菲薄化し顕著に削痩していた.第 3 病日の血液検査結果は表のとおりであった.意識状態や脳神経検査,脳脊髄液検査及び尿検査の結果に異常は認められなかった.深部腱反射は,前肢の上腕二頭筋反射と上腕三頭筋反射が左右とも消失と判定されたが,その他の異常は認められなかった.

質問 1:本症例の症状と経過から最も疑われる診断名をあげよ.また,確定診断のために必要な検査項目は何か?

質問 2:本症の病態について説明せよ

図 1 症例の様子
表 血液検査結果
解答と解説

質問 1 に対する解答と解説:
本症例の主症状は起立不能,下痢及び肺の副雑音である.子牛における突然の起立不能の原因として,運動器(骨,関節,筋肉)の機械的損傷,大脳皮質壊死症や感染症等に起因する神経疾患,白筋症,重度の下痢症,重度の肺炎などが鑑別診断リストとしてあげられる.本症例は眼球陥凹及び四肢末端の冷感から重度の脱水とアシドーシスが疑われ,元々食欲旺盛であったこと,農場ではこれまでも下痢による起立不能を経験していたことから,下痢症状に対する治療処置が優先された. しかし,下痢症状が改善したにもかかわらず起立状態に変化は認められず,第 3 病日に詳細な検査を実施した.血液検査所見で特徴的なのは,CK,AST,LDH 活性値の上昇である.白血球数や蛋白分画から炎症を示す所見は認められない.神経学的検査では中枢神経の異常は認められず,前肢近位の反射のみが確認できないため,筋そのものの異常が疑われた.これらの所見から本症例は白筋症である可能性が高いと考えられる.確定診断は,血中ビタミン E(VE)及びセレン(Se)濃度の測定である. 子牛では VE 濃度70μg/dl 以下,Se 濃度 20ng/ml 以下は欠乏値とされている.本症例は血清 VE 濃度 42.2μg/dl,血清Se 濃度 19.8ng/ml であった.LDH アイソザイム解析が診断の一助となるとされる報告も存在するが,総 LDH 活性値の測定で十分判断可能と思われる.これらの欠乏は牧場内全体で発生している可能性があることから,同居子牛や母牛に対する検査も有益である.


質問 2 に対する解答と解説:
白筋症(栄養性ミオパシー,栄養性筋ジストロフィー)は,VE または Se の摂取不足により引き起こされる心臓及び骨格筋の筋変性疾患である.ほとんどの家畜種で発生するが,若くて急速に成長する子牛,子羊,子山羊,子馬で多く報告されている.飼料及び乳中の VE 及び Se 不足が原因とされており,母牛の栄養管理も重要である.VE と Se は体内の抗酸化作用を担っていることから,これらが欠乏することで過酸化障害が引き起こされ,筋肉の変性・破壊が生じる.牛では骨格筋型の白筋症が一般的で,「突然の起立不能」は本症で多く認められる稟告である. 発症の数日前から下痢や呼吸器症状がみられるとの報告も多く認められる.本症例においても重度の下痢と呼吸器症状が認められ,初診時はそれらの治療が優先された.骨格筋の変性によりミオグロビン尿を排泄することもあり,診断の一助になるとされているが,見逃されることも多いようである.本症例では重度の脱水のため,発症初期は排尿を確認できなかった.筋肉由来の血清逸脱酵素の測定は筋変性の把握に有効である.一般的に骨格筋型の白筋症を発症した場合,それらの活性値は著しい増加(AST 1,000U/l 以上,LDH 5,000U/l 以上,CK 10,000U/l 以上)を示すが,発症から検査までのタイムラグにより増減する. なお CK は LDH やAST と比較して半減期が短いことから,数値のモニタリングは治療効果の確認や予後判定に有効である.本疾患は早期発見と適切な治療により回復する可能性があり,本症例においても VE と Se が投与されたが,起立状態は改善せず淘汰となった.病理解剖所見では,全身の骨格筋で散在性に白色の褪色部が認められた.特に両前肢の骨格筋では褪色が顕著で,臨床所見に一致していた(図 2). 病理組織検査では,横紋筋の硝子様変性や凝固壊死,筋線維束の大小不同が認められた.中枢神経及び主要な末梢神経(腕神経叢や坐骨神経)に異常は認められなかった.肉眼的な骨格筋の褪色は筋原性の変化であると考えられる.筋原性筋疾患の原因は白筋症などの代謝性疾患の他に遺伝性の筋ジストロフィーなど多岐に渡り,病理組織所見でこれらの鑑別は困難だが,本症例が白筋症であるとの診断に矛盾はなかった.

図 2 前肢骨格筋の褪色

キーワード:子牛、起立不能、CK活性、白筋症