獣医師生涯研修事業Q&A 産業動物編(日本獣医師会雑誌 第77巻(令和6年)第1号掲載)
症例:牛,ホルスタイン種,雌,20 日齢
臨床所見:突然の食欲減退,元気消失がみられた.初診時の体温は40.2℃であり,座位姿勢で起立しようとしなかった.起立時に左後肢を常に挙上し,左膝関節が腫脹しているのに気づいた.本症例に対して抗菌剤及び抗炎症剤を3 日間筋肉内投与したが,一時的な解熱しか得られず,左後肢の跛行を含め臨床症状の改善はみられなかった.
エコー検査:無麻酔・立位の状態で,毛刈りをせず,超音波ジェルを塗布しながら,リニア型探触子(10 MHz)を左膝関節の頭側部に当てた.膝蓋骨を目安に,その近位部と遠位部を肢軸に沿って走査(縦断像)した(それぞれ図1A 及び図1B).
質問:左膝関節のエコー検査所見を読み,本症例の疾患を診断しなさい.
解答
質問に対する解答と解説:
左膝関節内を描出するエコー画像(図1B)において,大腿骨及び脛骨の高エコーラインの間にみえる膝関節の関節裂隙の明らかな拡大や関節液の異常な貯留はみられない.また,エコー源性の点状構造を含み低エコーに描出される関節軟骨にも異常所見はみられない.一方,筋層と関節腔の間に存在する関節包の構造ははっきり描出されず,不均一なエコー源性を示し約1.5 cm 幅をもつ増生物が,その付近にみられる.大腿骨の近位においても,不均一でエコー源性な増生物が存在し,その内部には高エコーな内容物が含まれている.左膝関節の膝蓋骨より近位を走査したエコー画像(図1A)では,低エコーな皮下織(脂肪),エコー源性のラインを含み低エコーな筋層に沿って走行する関節包の深部・全層に広がる高エコーなカーテン状構造が描出されている.この高エコーラインの幅は一定ではなく,1~5 mm 幅に描出され,そのラインの後方(深部)に向かってエコー源性の縞が複数認められる.カーテン状構造より深部では,軟部組織や骨構造は描出されていない.
本症例では同時に臍部のエコー検査を実施し,無エコーの内容物を含む管状構造が臍部から肝臓に向かって走行し,肝臓内で無エコーのシスト状構造に終止する所見が得られた.左膝関節から採取された関節液はクリーム色で混濁し,細胞診では関節液中細胞成分のほとんどが好中球であり,菌の集塊もみられた.この検査結果から,本症例を臍静脈炎及び肝膿瘍に伴い二次性に生じた左膝関節の感染性関節炎と診断した.
治療方針の決定及び予後判断のため実施したCT検査により得られた左膝関節の矢状断像(図2)では,関節内の前囊から後囊にかけて増生物が確認できた.また,膝関節内から膝蓋骨と大腿骨間を通り,膝蓋骨の近位部で大腿骨頭側に沿って存在する間隙にガスの貯留がみられ,さらに関節内ガスは膝関節の後囊部及び脛骨の頭側・尾側にも描出されていた.このCT 検査所見から,ガス産生菌の感染が本疾患の原因であることが推測された.大腿骨や脛骨に明らかな骨破壊はみられなかった.腹部CT 検査では肝臓内に2 cm大の膿瘍形成が確認された.本症例では全身感染症に伴う病巣が肝臓や左膝関節内に形成されていたことから,手術適応ではないと判断した.本症例は検査翌日に死亡した.後に,関節液に対する細菌検査において,グラム陽性連鎖球菌が分離された.
質問に対する解説:
子牛の感染性関節炎は,臍帯や臍静脈から肝臓への局所的な感染経路を介して起きる全身感染症が主要な原因の一つである.したがって,罹患子牛に対するエコー検査では,罹患関節の走査と同時に臍帯疾患や肝膿瘍などの原発感染巣の有無を探索する必要がある.牛の関節炎の典型的なエコー所見は,関節腔の拡大,関節液の増量,関節包を含めた関節周囲軟部組織の肥厚であり,関節液のエコー源性の増加や高エコーなフィブリン形成は感染性関節炎を示唆する所見である.また,罹患関節周囲の長骨関節面や関節骨における高エコーな骨ラインの不整または陥没は,感染に伴う骨吸収や骨破壊を示唆しており,罹患子牛の予後判断において重要な所見である.本症例では,左膝関節における増生物(おそらく肉芽組織)が描出されていたことから関節炎を疑ったが,明らかな骨破壊像はみられなかった.また,エコー画像上,関節液の増量は顕著ではなく,関節液のエコー源性やフィブリンの有無を評価することができなかった.経験上,すり鉢状でプローブから深い位置にあるため関節腔全体を描出することができない牛の膝関節では,エコー検査単独での感染性関節炎の診断は難しい.しかし本症例では,高エコーラインの後方にみられたエコー源性のカーテン状構造から,感染性関節炎を診断することが可能であった.図1B のエコー像の走査部位を示した図2 のCT 画像では,走査部位の深部に広く関節内ガスが存在していることがわかる.この関節液中のガスバブルが高エコーラインの原因であり,その後方が彗星の尾部のようにエコー源性に描出される「コメットテールアーチファクト」が短時間に位置を変えながら連なって生じる現象が,エコー源性のカーテン状構造の原因であった.牛の関節内にガスが存在する病態は,関節穿孔などの外傷性要因以外では,ガス産生菌の感染に伴って生じることがほとんどである.言い換えると,関節内にこのアーチファクトがみられることは関節内ガスの存在を示唆しており,もし明らかな外傷がなければ,感染性関節炎以外,関節内ガスが生じる原因は考えられないのである.本症例においてCT 検査の役割はとても大きかったが,現場でリアルタイムに診断が可能なエコー検査の重要性は,CT 検査よりもはるかに高い.関節内ガスを示す「コメットテールアーチファクト」を含め,牛の感染性関節炎における特徴的な超音波所見は多い.したがって,そのエコー所見の評価や関節エコー検査の走査法に関するスキルを身につけることで,現場でのリアルタイムな診断,そしてエマージェンシーである感染性関節炎に対する適切で早急な治療が可能になるであろう.
キーワード:子牛,感染性関節炎,エコー検査,コメットテールアーチファクト