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獣医師生涯研修事業Q&A 産業動物編

獣医師生涯研修事業Q&A 産業動物編(日本獣医師会雑誌 第77巻(令和6年)第5号掲載)

症例:牛,黒毛和種,10 カ月齢,去勢

稟告:約2 カ月前の塩ビ管を用いた経口投薬後から,飲水直後及び採食開始直後に,発咳や水様性液体あるいは食渣を含んだ鼻漏が観察されるようになった.このような症状が数日間継続した後,食欲が減退し,直腸温の上昇を認めるようになった.獣医師による加療を受けたが良化しなかった.

臨床症状:被毛粗剛で活力がなく,鼻孔周辺には食渣を含んだ鼻漏が付着していた.気道及び胸部の聴診により肺炎に起因すると考えられる異常音が聴取された.血液検査では,主に末梢血中白血球数の増加とヘマトクリット値の上昇が認められた.

質問1:稟告や臨床症状から最も疑われる病態は何か.

質問2:確定診断のために実施すべき検査法は何か.

質問3:本症例の予後はどのようなものか.

解答

質問 1 に対する解答と解説:
飲水直後及び採食開始直後に,発咳や水様性液体あるいは食渣を含んだ鼻漏が観察されたことから,口腔内と鼻腔内とが交通し,鼻漏が認められたり,誤嚥が引き起こされたりしている可能性が推察される.そのような病態としては,軟口蓋裂や軟口蓋低形成のような先天的な異常所見の存在が考えられる.しかし,本症例は10 カ月齢であり,「塩ビ管を用いた経口投薬後」からこれらの症状を認めるようになったことから,塩ビ管による軟口蓋損傷の存在が疑われる.

その他,誤嚥に起因する症状も認められたことから,食道気管瘻をはじめとした先天的な異常病態も疑われるが,本症例は10 カ月齢で発症していることから一般的ではない.


質問 2 に対する解答と解説:
咽頭部や喉頭部は視診や触診が不可能であり,各器官の構造も複雑であるため,X 線やエコーでの確定診断は一般的には困難である.本症例のような症状を呈する症例に対する生前の確定診断は,内視鏡検査が最適である.内視鏡検査は,牛を枠場に保定し,鼻孔から内視鏡を挿入すれば,鼻腔,咽頭,喉頭及び気管内の異常所見は容易に観察でき,確定診断が可能である(図1).

なお,本症例との関連性はないが,食道気管瘻は,内視鏡で観察できる範囲に存在すれば比較的容易に確定診断が可能である(図2).


質問 3 に対する解答と解説:
軟口蓋裂創の範囲が狭ければ自然治癒の可能性もあるが,本症例のように軟口蓋裂創が広範囲に及んでいる場合は予後不良となる可能性が高い.しかし,軟口蓋裂創を早期に発見すれば外科的処置(裂創部の縫合等)も不可能ではないと考えられる.そのためには,内視鏡を用いた早期の確定診断が重要である.


図1 本症例の内視鏡検査で観察された軟口蓋の裂創(左側鼻孔から内視鏡を挿入)約2×8 cm の裂創(矢印)から口腔内が観察される.飲水や餌が裂創孔を通じて咽頭から喉頭あるいは鼻道へ漏れ出し,誤嚥や鼻漏の原因になったと推察される.
図2 気管内視鏡検査によって確認された食道気管瘻声門裂から尾側へ約10 cm 付近の気管内腔所見で,食道へつながる直径8 mm程度の瘻管開口(矢印)が確認された.食道内の水様物が気管内に漏出し,誤嚥を引き起こしていた.

キーワード:牛,鼻漏,発咳,肺炎,内視鏡