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獣医師生涯研修事業Q&A 産業動物編

獣医師生涯研修事業Q&A 産業動物編(日本獣医師会雑誌 第77巻(令和6年)第9号掲載)

症例:豚,LWD 種,去勢雄,45 日齢

農場の飼養状況:一貫生産農場.本症例豚は離乳舎にて発見された.この農場の離乳舎は1 ロットあたり約200 頭を収容している.当農場の離乳豚ワクチンはマイコプラズマ,サーコウイルス,CSF を接種している.

発生状況:1 週間ほど前より,1 ロットあたり1 ~ 2 頭の割合で豚が死亡した.

死亡した豚は栄養状態も良好で外見的な異常所見は見当たらなかった.また,前日まで当ロットでは呼吸器症状などは認められず,死亡した豚を獣医師が解剖したところ,腹腔内の出血と肝臓のうっ血,図のような心臓の出血が認められた.その他の臓器には著変はなかった.

肺のPCR 結果では,Mycoplasma hyorhinis が擬陽性(Ct 値37),それ以外の肺及び腸管の一般的な感染症PCR はすべて陰性であった.

図1 心筋の出血(写真はホルマリン固定後)
(麻布大学PCC 病理部門 上家潤一教授 原図)

質問1:疑われる疾患は何か.

質問2:類症鑑別が必要な疾患は何か.

解答

質問 1 の解答及び解説:
本症例はマルベリーハート病により死亡した離乳豚であった.

マルベリーハート病は,ビタミンE 及びセレンの欠乏により発生する.臨床現場では症状を示さずに,突然死の形で発見されることが多い.

組織所見では肝臓の出血性壊死,心筋の出血及び変性が見られるが,他の臓器には大きな異常がなく,病理組織学的に心筋に限定した筋組織変性と著しい出血を認める(図2)ことで診断される.

本症例でも,栄養状態の良い個体が死亡していること,臨床症状が特に見られなかったこと,死亡豚のPCR では感染症が否定されていることから,非感染性疾患による可能性が高い.

ビタミンE は細胞膜の脂質の酸化を防ぐ抗酸化物として知られており,ビタミンE の欠乏はマルベリーハートのほかにも肝壊死,筋萎縮症,繁殖母豚では繁殖性の低下が起こるとされている.また,セレンはビタミンE と関係が深く,相補的な作用を示すため,セレンの添加は,ビタミンE の要求量を低下させる事が知られている.通常の飼料にはビタミンE は添加されているものの,長期貯蔵や飼料の加熱化により破壊されていることがあり,さらに,発育良好な豚では要求量が高まり,ビタミンEの欠乏を引き起こすことがある.また,飼料穀物の産地の土壌によっても飼料中セレンの含有量が変化することもある.

麻布大学では豚病臨床センター(Pig ClinicalCenter)として,全国の養豚開業獣医師からの検体を血液学的,遺伝子学的,病理学的に検査・診断し,現場獣医師の疾病対策の一助を担っている.毎年送られてくる約150 検体のうち,マルベリーハート病をはじめとした非感染性疾患も季節を問わず,例年,散発的に見られている.

猛暑続きの近年,餌タンクが常に直射日光に晒されるような養豚場で,もし感染症が否定された突然死に遭遇した場合は,飼料の栄養成分を再確認したほうが良いかもしれない.


質問 2 の解答及び解説:
離乳期~肥育期に突然死を引き起こす疾患は,豚丹毒(急性),浮腫病,胃潰瘍,ストレス症候群,カビ中毒など.

出血性の病変が認められる疾患は,豚熱やクマリン系殺鼠剤の中毒などがあるが,どちらも全身性の出血が見られるため,鑑別可能である.


図2 心筋に限定した筋組織変性と著しい出血が認められる
(麻布大学PCC 病理部門 上家潤一教授 原図)

参考文献:

  • [ 1 ] Dritz SS, Goodband RD, DeRouchey JM, Tokach MD, Woodworth JC : Nutrient Deficiencies and Excesses, Desease of swine11th edition, 1043-1055 (2019)
  • [ 2 ] 石川弘道,石関沙代子:新・豚病対策,432-434(2021)
  • [ 3 ] 津田知幸: 臨床症状, 豚病学第4 版,138-146(1999)
  • [ 4 ] (独)農業・食品産業技術総合研究機構編集:日本飼養標準・豚,2013 年版,27-29(2013)

キーワード:豚,マルベリーハート病,ビタミンE,セレン,突然死