女性獣医師応援ポータルサイト

文字サイズ

  • 標準
  • 拡大

獣医師生涯研修事業Q&A 産業動物編

獣医師生涯研修事業Q&A 産業動物編(日本獣医師会雑誌 第79巻(令和8年)第5号掲載)

症例:牛,黒毛和種,230 日齢,雄

稟告:哺乳期に呼吸器病を発症.抗菌薬の多種類併用による長期治療を行ったが,徴候の消失には至らず慢性経過をたどった.安静時においても発咳や鼻汁などの徴候が持続し,重度の発育不良を伴っていた.同居牛においては,本症例と同様の呼吸器疾患が多発している.

臨床経過と検査所見:入院時の体温38.5℃,心拍数144回/ 分,呼吸数80 回/ 分.食欲減退を認めた.全血球計算(CBC)検査所見は表のとおりであった.胸部超音波検査(肺エコー)では左右の第2 ~ 7 肋間にかけて,両肺に最大径5 cm以上のコンソリデーションが認められた(図1)

また,反射式センサープローブを用いて尾部で測定した経皮的動脈血酸素飽和度(SpO2)は90%と低値を示した.



質問1:左記の臨床経過と血液検査所見から,この症例の病態を説明しなさい.

質問2:当該農場における治療・管理の改善計画を立てなさい.

解答

質問1に対するる解答と解説:
本症例は,呼吸数の増加(代償性)及びSpO2 の低下(90%)が認められ,広範な病変による肺胞換気量の著明な低下が示唆された.血液検査では,低酸素血症に対する代償性の赤血球増多に加え,WBC 数の異常高値が確認された.肺エコー検査では,左右の肺の前葉から後葉にかけて広範なコンソリデーションが認められ,重度の発育不良と併せて予後不良と判断した.

病理解剖では,両肺の頭腹側(右前・中・後葉及び左前・後葉)において,びまん性の暗赤色化と硬結を認めた(図2).肺野の境界は比較的明瞭であり,割面では拡張した気管支・細気管支内に粘稠な乳白色~黄白色の膿性(クリーム状)物質の貯留や,乾酪壊死巣が散見された.

呼吸器病原体12 種に対するMultiplex q-PCR 検査の結果,生前の気管支肺胞洗浄液(BALF)及び剖検で採取された組織からMycoplasma bovis が検出された.以上の所見から,本症例はM. bovis 感染に起因する慢性的な化膿性気管支肺炎,及びそれに伴う不可逆的な肺機能不全に陥った病態であると結論付けた.


質問2に対する解答と解説:
治療計画:
本症例は哺乳期の発症時に治療が奏功せず慢性化したことで,肺胞換気量の低下と重度の発育不良を招き,予後不良となったと推察される.PCR 検査の結果,病因菌はM. bovis と特定された.

呼吸器感染症治療の原則(ゴールドスタンダード)は①病因微生物の同定,②薬剤感受性試験の実施,③薬物動態(PK)/薬力学(PD)理論に基づいた感受性薬の投与である.しかし,牛の肺炎(肺胞性肺炎)において,上部気道(鼻咽頭スワブ)の菌叢が必ずしも肺内の病変部と一致しないため,正確な同定には内視鏡下での気管支肺胞洗浄(BAL)が求められるが,実施可能な施設は限定的である.また,また,Mycoplasma 属菌は培養に時間を要し,最小発育阻止濃度(MIC)の測定も煩雑なため,個体ごとのルーチン検査としては現実的ではない.さらに,①,②が正しく行われ,病因微生物のMIC(PD の要因として)が明らかになったとしても,牛における各抗菌薬の肺胞内濃度(PK の要因として)や肺炎時の薬物動態も未解明な部分が多い.

以上の背景から,個体単位での厳密な治療は困難をきわめる.したがって,地域や農場ごとに薬剤感受性傾向(アンチバイオグラム)を作成し,感受性抗菌薬の投与量及び治療成績のデータを蓄積する「群治療」の考え方を個体治療に反映させることが望ましいと考えられる.

管理の改善計画:当該農場は症例牛以外でも呼吸器病が頻発していることから,飼養管理の改善が必要である.

不顕性感染率のモニタリング:M. bovis を含め牛の呼吸器病原因菌の多くは不顕性感染するが,呼吸器病が少ない農場では不顕性感染率も低いことが知られている.定期的な鼻咽頭スワブにおける不顕性感染率の把握は,農場の汚染や清浄化の指標として有用である.

発育状態の可視化:呼吸器病の治療や対策の効果を把握するためには,発育状態のモニタリングが非常に有用である.定期的な体格測定(可能であれば体重,困難な場合は胸囲を測定)を推奨する.

肺エコーによるスクリーニング:離乳前後や導入時等,発症時期が集中している場合,特定の時期に無症状個体を含めた肺エコーによるスクリーニングを実施する.臨床徴候を呈する前のコンソリデーションを確認し,疾患の診断前に予防的治療を開始する先制治療介入を行うことが慢性化防止に有効である.


キーワード:牛,肺炎,BRDC,胸部超音波検査,肺エコー