獣医師生涯研修事業Q&A 公衆衛生編(日本獣医師会雑誌 第70巻(平成29年)第7号掲載)
質問 1:次の狂犬病に関する記述のうち,正しいものはどれか(複数解答).
- a.ネコが狂犬病の感染環の形成に関与することはないものの,人への感染源となる可能性はある.
- b.狂犬病の診断では,血清中に存在するウイルス中和抗体の検出が最も重要となる.
- c.狂犬病ウイルスは,アルコール消毒では不活化できない.
- d.2013 年に狂犬病の再流行が確認された台湾では,本病による人の死亡例も報告されている.
- e.臨床症状により狂犬病と区別できないリッサウイルス感染症の病原体は,イギリスやオーストラリアといった狂犬病清浄国にも分布している.
質問 2:次のアニサキス症に関する記述のうち,正しいものはどれか(複数解答).
- a.日本では,人のアニサキス症の症例のほぼすべての原因がサバの生食である.
- b.人の胃にアニサキスが寄生した場合,ほぼ 100%の確率で胃アニサキス症を発症する.
- c.魚介類を適切な条件で冷凍することは,アニサキス症の有効な予防法のひとつである.
- d.アニサキス症の病態には,アレルギー反応が関与すると考えられている.
- e.胃アニサキス症の最も有効な治療法は,駆虫薬の内服である.
解答と解説
質問 1 の解答と解説:
a.◯
すべての哺乳動物が狂犬病に罹患すると考えられる一方で,その感染環の形成に関与するのはおもに翼手目(各種コウモリ)及び食肉目(イヌ,アライグマ,キツネ,タヌキ,スカンク,マングース他)の動物に限られる.ネコも食肉目に分類されるものの,ネコ - ネコ感染により狂犬病ウイルスが自然界で維持されることはない.狂犬病の制圧を目的として,主要な病原巣・感染源であるイヌに対する予防接種が積極的に奨励されているのに対し,ネコには積極的に実施されていないのはそのためである.しかし,狂犬病を発症したネコが人を咬傷や搔傷を与えた場合,狂犬病を伝播する高いリスクが存在するため,暴露後免疫の実施が必要となる.
b.×
狂犬病の潜伏期において,狂犬病ウイルスの感染による免疫誘導はほとんど確認できない.また,発症後でも血清中のウイルス特異的抗体が必ず検出されるとは限らない.したがって,血清抗体の診断的価値は非常に低い.動物の狂犬病を確実に診断するためには,脳組織を採取し,ウイルス抗原を検出する必要がある.その際,一般的に,蛍光標識された抗狂犬病ウイルス抗体を用いた蛍光抗体法が診断に用いられる.なお,血清ウイルス中和抗体価は,ワクチン接種による免疫誘導を評価する上では重要な指標となる.
c.×
ラブドウイルス科リッサウイルス属に分類される狂犬病ウイルスは,宿主細胞由来の脂質二重膜を含むエンベロープを保有する.したがって,アルコールなどの有機溶剤に対して感受性を示す.
d.×
台湾における狂犬病の再流行では,イタチアナグマという野生動物が病原巣となっている.このイタチアナグマから他の動物種に伝播したと考えられる事例が,ハクビシン(6 例),ジャコウネズミ(1 例),イヌ(1 例)で確認されている.幸い,人での発症・死亡例の報告はない.イタチアナグマ由来のウイルスが,人と生活圏を共有するイヌに伝播し定着した場合,人へのリスクが著しく増加するため,警戒が必要である.
e.◯
リッサウイルス感染症の原因として,イギリスを含む欧州各国にはヨーロッパ・コウモリ・リッサウイルス 1 及び 2,オーストラリアにはオーストラリア・コウモリ・リッサウイルスが分布している.これらのウイルスや狂犬病ウイルスを含む計 7 種(遺伝子型 1~ 7)のリッサウイルス以外に,近年,新型のリッサウイルス(遺伝子型未分類)が次々と発見されている.その結果,現在,リッサウイルス属には,15 種以上のウイルスが属すると考えられている.2017 年 1 月には,新種と予想されるリッサウイルスが台湾のアブラコウモリで確認されている.
質問 2 の解答と解説:
a.×
サバに加え,アジ,イワシ,サンマ,サケ,イカなどの生食も原因となる.原因が特定できない場合も多い.したがって,サバ以外の魚介類を生食する場合でも注意が必要である.
b.×
健康診断などの胃内視鏡検査において胃粘膜へのアニサキス虫体の穿入が確認されたものの,症状を示さない人の事例が知られている(緩和型胃アニサキス症).虫体の粘膜穿入による刺激に加え,虫体抗原に対するアレルギー反応(後述)がアニサキス症の病態に関与するためと考えられる.
c.◯
加熱(60℃,1 分間以上)に加え,魚介類の冷凍(-20℃,24 時間以上)もアニサキス症の有効な予防法である.欧州連合では,生食用の魚介類に対し,同条件の冷凍処理を実施している.
d.◯
アニサキス症の病態には,局所(粘膜寄生部位)のアレルギー反応が関与すると考えられている.すなわち,魚介類の摂食を通じて,アニサキス虫体抗原に繰り返し暴露された人ほどアニサキス症のリスクが高まると考えられる.医療現場では,症状の緩和を目的として,抗ヒスタミン剤やステロイドが使用される場合もある.なお,魚介類の生食後に蕁麻疹を発症するアニサキスアレルギーも知られている.劇症型胃アニサキス症では,激しい胃痛に加え,このような症状が併発する場合もある.
e.×
現在,アニサキス症に有効な駆虫薬は開発されていない.胃内視鏡検査により胃粘膜に穿入した虫体を外科的に除去する方法が最も一般的な治療法である.
キーワード:狂犬病,リッサウイルス,アニサキス症