獣医師生涯研修事業Q&A 公衆衛生編(日本獣医師会雑誌 第71巻(平成30年)第7号掲載)
質問 1:食中毒に関する記述で正しいものはどれか.
- a.感染力の強い病原体による感染症は,食品由来であっても食中毒として取り扱わない.
- b.寄生虫を原因とする食品由来感染症は,食中毒として取り扱わない.
- c.原因不明の食中毒は,厚生労働省の食中毒統計には計上するが,行政対応は行わない.
- d.医師が食中毒と診断した場合は,ただちに最寄りの保健所長に届け出なければならない.
質問 2:食肉の生食と食中毒に関する記述で正しいものはどれか.
- a.鶏のレバーを生食用として販売・提供することは食品衛生法で禁止されている.
- b.生食用牛肉にはその規格基準が定められているが,表示基準はない.
- c.わが国で発生件数が最も多いカンピロバクター食中毒の原因として,鶏肉の生食が問題視されている.
- d.生食用食肉を冷凍してから喫食すれば,食中毒を防ぐことができる.
質問 3:クドア・セプテンプンクタータによる食中毒に関する記述で正しいものはどれか.
- a.養殖魚にはクドア・セプテンプンクタータは感染していないので安全である.
- b.ヒラメの刺身が原因食品となることが多い.
- c.魚から魚に直接感染して広がる.
- d.食品を加熱しても本食中毒を予防することはできない.
解答と解説
質問 1 に対する解答と解説
正解:d
食中毒は,細菌や有害な物質などが含まれた食品を摂食することによって起こるもので,多くの場合比較的急性の胃腸炎症状を主徴とする健康障害として食品衛生法の下で取り扱われている.以前はウイルス,寄生虫,経口伝染病の原因菌を食中毒の原因物質から除外していたが,食品衛生法を改正し,現在では食品を介して発生したことが明らかであれば,すべて食中毒と見なしている.したがって,ウイルス(ノロウイルス,A 型肝炎ウイルスなど),寄生虫(アニサキス,クドアなど),経口伝染病(コレラ,細菌性赤痢,腸管出血性大腸菌感染症,腸チフス,パラチフス)は,食品衛生法で食中毒の原因物質として扱われるようになった.また,原因不明の食中毒であっても行政対応を行い,厚生労働省の食中毒統計にも計上される.なお,コレラ,細菌性赤痢,腸管出血性大腸菌感染症をはじめとする感染性胃腸炎の中には,「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)」においても取り扱われ,報告や届出の対象となる.
医師が食中毒患者もしくはその疑いのある者を診断し,またはその死体を検案した場合は,食品衛生法第 58 条第 1 項に基づいて,確定診断を待つことなく,ただちに(24 時間以内)最寄りの保健所長へ届け出なければならない.
質問 2 に対する解答と解説
正解:c
a.×
厚生労働省は国民の健康保護の観点から,平成24 年 7 月に食品衛生法を改正し,牛のレバーを生食用として販売・提供することを禁止した.さらに同省は,平成 27 年 6 月に豚の肉や内臓を生食用として販売・提供することを禁止した.一方,鶏のレバーについては規制の対象外である.
b.×
生食用の牛肉(内臓を除く)には,食品衛生法に基づき,「規格基準」と「表示基準」が定められている.「規格基準」では,牛肉の塊(ブロック状の肉)の表面から 1cm 以上の深さまで 60℃で 2 分間以上加熱殺菌をして表面を切り取る,といった加工・調理の基準や,腸内細菌科菌群が陰性であることなどの成分規格が定められている.「表示基準」では,生食用である旨,と畜場の名称及び所在する都道府県名(輸入品にあっては原産国名),生食用食肉の加工を行った施設の名称・所在地などを表示することが定められている.
c.○
カンピロバクター食中毒は,わが国で発生している細菌性食中毒の中で,近年,発生件数が最も多く,年間 300 件,患者数 2,000 人程度で推移している.カンピロバクター食中毒における患者の喫食調査及び施設等の疫学調査結果から,おもな推定原因食品または感染源として,生の状態や加熱不足の鶏肉と調理中の取扱い不備による二次汚染等が強く示唆されている.現在の食鳥処理の技術ではカンピロバクターを完全に除去することは困難であり,鶏レバーやささみなどの刺身,鶏肉のタタキ,鶏わさなどの半生製品,加熱不足の調理品などの喫食はカンピロバクター食中毒発生のリスクが高い.
d.×
馬肉に寄生するサルコシスティス・フェアリーのように,肉の冷凍処理により失活し,生食による食中毒を防ぐうえで有効なものもあるが,食中毒を起こす多くの細菌では冷凍処理により,完全に死滅することはない.
質問 3 に対する解答と解説
正解:b
数年前より,食後数時間で一過性の嘔吐や下痢を発症する原因不明の食中毒が発生し,このような事例の多くでは共通して,鮮魚介類,特にヒラメの刺身が提供されていた.厚生労働省などが調査をしたところ,ヒラメの筋肉中に寄生するクドア属の寄生虫(粘液胞子虫)の一種である Kudoa septempunctata(以下「クドア」という.)が原因であることが判明した.食中毒は,夏(8~ 10 月)に多く発生する傾向がある.クドアの生活環の詳細は不明であるが,生活環が判明している他のクドア属の寄生虫は,一般にゴカイ等の環形動物と魚類との間を行き来して寄生しており,魚から魚に直接感染して広がることはない.
およそ筋肉 1グラムあたりクドア胞子数 1.0×107を超えるヒラメを生で食べると,食後数時間で一過性の下痢や嘔吐などの症状が起きるが,症状は軽度で,速やかに回復する.このため,筋肉 1 グラムあたりのクドアの胞子数が 1.0×106個を超えることが確認された生食用生鮮ヒラメは,食品衛生法第 6 条に違反するもの(食中毒)として取扱うこととしている.クドアは,-20℃で 4時間以上の冷凍,または中心温度 75℃ 5 分以上の加熱により病原性が失われることが確認されていることから,一度凍結したのちに喫食したり,加熱調理することにより食中毒を防ぐことができる.また,農林水産省及び水産庁では,食中毒防止策として,ヒラメの養殖場での適切な管理により,クドアがヒラメに寄生することを防止する取組みを行っており,食中毒数は低下している.
キーワード:食中毒,原因物質,食肉,生食,規格基準,クドア