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獣医師生涯研修事業Q&A 公衆衛生編

獣医師生涯研修事業Q&A 公衆衛生編(日本獣医師会雑誌 第72巻(令和元年)第11号掲載)

今回は,代表的な人獣共通感染症である鳥インフルエンザを取り上げる.

【鳥インフルエンザ】
1996 年,中国広東省のガチョウ農場に出現した A/H5N1 型の高病原性鳥インフルエンザウイルスは,その後もアジアを中心として,家禽に甚大な被害を与え続けてきた.2004 年以降は,アジア,中近東及びアフリカ諸国で,この A/H5N1 型のウイルスが人にも感染し,その感染例は 850 余名,うち半数以上の死亡が確認されている.このような背景から,この A/H5N1 型のウイルスが人から人への伝播能を獲得し,次の新型インフルエンザウイルスとして猛威を振るうものと想定された.WHO や一部の専門家たちが,すでにその出現が“秒読み段階”に来ていると発表したため,一時,大騒ぎとなった.

しかし,現実には 2009 年 4 月にメキシコで確認された豚由来の A/H1N1 ウイルスが,米国テキサス州やカリフォルニア州へと流行拡大し,同年 6 月には WHO がパンデミックを宣言するところとなった.その後,このような新型インフルエンザも,季節的な流行を繰り返すようになり,2011 年 4 月からは,季節性インフルエンザとして取り扱われるようになった.

ただし,これによって鳥インフルエンザウイルスが人の次の新型ウイルスとしてパンデミックを起こす可能性がなくなったわけではない.いざという時に,獣医師として迅速かつ適切な対応がとれるよう,鳥インフルエンザに関する正しい知識を身につけておく必要があるのではないか.


質問 1:これまで家禽に対して高病原性鳥インフルエンザを惹き起こしたことのあるウイルスの HA 亜型は次のうちどれか.

  • a.H1
  • b.H3
  • c.H5
  • d.H7
  • e.H9

質問 2:獣医師が鳥類の高病原性鳥インフルエンザを診断した場合,直ちに都道府県知事に届出が必要なウイルスの血清亜型は次のうちどれか.

  • a.H5N1
  • b.H5N6
  • c.H7N7
  • d.H7N9
  • e.H9N2

質問 3:鳥インフルエンザ発生時の鶏肉・鶏卵の安全性に関する食品安全委員会の考え方として,誤っているものはどれか.

  • a.わが国の現状においては,鶏肉や鶏卵を食べることにより,鳥インフルエンザウイルスが人に感染する可能性はないと考えられる.
  • b.高病原性鳥インフルエンザの流行地域では,食中毒予防の観点からも,鶏肉や鶏卵などは十分な加熱調理が必要と考えられる.
  • c.わが国における鳥インフルエンザの発生時には,鶏卵の中にウイルスが含まれる可能性が高いため,生卵での使用は極力避けるべきである.
  • d.国産の鶏肉は,食鳥処理場において通常約 60℃のもとで脱羽され,最終的に次亜塩素酸ナトリウムを含む冷水で洗浄・消毒されているので,生食でも問題はない.
  • e.海外(おもに東南アジアなど)では,人への感染事例が報告されているが,その感染経路は食品を介してではなく,病鳥との直接接触が考えられている.

質問 4:感染症法上,鳥インフルエンザ(H5N1 亜型及び H7N9 亜型のウイルスを除く)は,何類感染症に位置付けられているか.

  • a.1 類感染症
  • b.2 類感染症
  • c.3 類感染症
  • d.4 類感染症
  • e.5 類感染症

質問 5:鳥インフルエンザ(H7N9)に関する次の記述の正誤について答えなさい.

  • a.現在までのところ,人から人へ持続的に感染した事例は確認されていない.
  • b.2011 年,国内の野鳥から今回の中国の鳥インフルエンザ A(H7N9)ウイルスと近縁なウイルスが検出された.
  • c.これまでのところ,鳥インフルエンザ A(H7N9)ウイルスに感染した患者は日本国内では見つかっていない.
  • d.これまで,鶏肉や鶏卵を食べることで人が鳥インフルエンザウイルスに感染したという報告はないため,現在も,中国から生きた家禽,加熱していない生の家禽肉の輸入は許可されている.
  • e.これまでのすべての患者において,家禽との接触歴があったことが報告されている.

質問 6:鳥インフルエンザウイルスのワクチンに関する次の記述の正誤について答えなさい.

  • a.現在のところ,わが国には鳥インフルエンザウイルスによる感染予防に有効なヒト用のワクチンはない.
  • b.わが国における本病の家禽に対する防疫措置は,早期発見と患畜または疑似患畜の迅速なと殺を原則とし,平常時の予防的なワクチンの接種は行わない.
  • c.家禽への無計画,無秩序なワクチンの使用は,本病の発生または流行を見逃すおそれを生じさせる.
  • d.現在使用されている人のインフルエンザワクチンは,人の間で流行している A/H1N1 型,A/H3N2型,及び B 型に対するものであるが,H5 や H7 亜型などの鳥インフルエンザに対しても,ある程度の効果を示す.
  • e.家禽に対する現行のワクチンは,本病の発症の抑制に効果があり,感染を完全に防御することができる.
解答と解説

質問1に対する解答と解説:
正解:c,d
国際獣疫事務局(OIE)は,「高病原性」の定義として,最低 8 羽の 4~ 8 週齢の鶏に感染させて 10 日以内に 75%以上の致死率を示した場合としている.また,分子遺伝学的な「高病原性」の定義としては,HA 分子の開裂部位における塩基性アミノ酸の連続が存在することとされている.これまでに判明している高病原性鳥インフルエンザウイルスは,すべて H5 亜型と H7 亜型のウイルスに限られており,いずれも先の条件を満たしている.


質問2に対する解答と解説:
正解:a,d
「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)」に基づいて,獣医師は,鳥類が鳥インフルエンザ(H5N1亜型及びH7N9 亜型)にかかり,またはかかっている疑いがあると診断したときには,直ちに,厚生労働省令で定める事項を最寄りの保健所長を経由して都道府県知事に届け出なければならない.


質問3に対する解答と解説:
a.正
食品安全委員会は,わが国の現状において,家禽の肉や卵を食べることにより,人が鳥インフルエンザウイルスに感染する可能性はないと考えている.その理由は以下の 2 つである.

まず 1 つ目は,鳥インフルエザウイルスが人に感染するためには人の細胞表面の受容体(レセプター)に結合しなくてはならないが,私たち人のレセプターはヒト型であり,トリ型とは異なるために感染しにくいと考えられるためである.

2 つ目は,鳥インフルエンザウイルスは酸に弱く,人の体内では胃酸などの消化液により不活化されると考えられるためである.

b.正
鶏などの家禽に鳥インフルエンザが集団発生している地域(東南アジアなど)では,鶏肉や鶏卵を含む家禽の肉や家禽由来製品については,食中毒予防の観点からも十分な加熱調理(すべての部分が 70℃に到達すること)や適切な取扱いをすることが必要と考えられる.

c.誤
わが国において鳥インフルエンザが発生した場合には,感染鶏や同一農場の鶏は直ちにすべて殺処分され,また農場内の鶏糞や鶏卵などもすべて汚染物として,焼却あるいは埋却処分されることから,本病に感染した鶏卵が市場に出回ることはないと考えられる.したがって,市場に出ている鶏卵については安全であり,生卵としての使用をあえて避ける必要はないと考えられる.

d.誤
わが国においても,食中毒予防の観点から,鶏肉を食べる場合には生で食べることは控え,中心部までよく加熱するなど十分注意が必要と考えられる.

e.正
海外における人への感染事例の感染経路としては,衰弱した病鶏との接触や解体作業時の接触,不顕性感染しているアヒルとの接触などが報告されている.


質問4に対する解答と解説:
正解:d
感染症法では,A(H5N1)及び A(H7N9)の鳥インフルエンザはその病原性や感染力,新型インフルエンザへの変異のおそれなどを考慮して 2類感染症に,それ以外の亜型の鳥インフルエンザは 4 類感染症に位置付けられている.


質問5に対する解答と解説:
a.正
現在までのところ,人から人へ持続的に感染した事例は確認されていない.ただし,一部,家族間での感染が疑われる事例が報告されているが,これはあくまでも家族など濃厚接触者間のみでの限定的な人─人感染であって,持続的な人─人感染ではないと考えられている.

b.誤
2011 年,国内の野鳥から鳥インフルエンザ A(H7N9)ウイルスが検出されたことがある.しかし,このウイルスは今回の中国で原因となっている鳥インフルエンザ A(H7N9)ウイルスとは抗原学的にも,遺伝学的にも明らかに異なるものであった.

c.正
これまでのところ,鳥インフルエンザ A(H7N9)ウイルスに感染した患者は日本国内では見つかっていない.

d.誤
2004 年 1 月の中国における鳥インフルエンザ発生以降,生きた鶏,鶏卵,鶏肉製品などの中国からの輸入を全面的に禁止している.

e.誤
患者の多くに家禽との接触歴があったことが報告されているが,すべての患者に家禽との接触が認められたわけではない.感染源や感染経路については,不明な点が多く残されている.


質問6に対する解答と解説:
a.正
現在,わが国には鳥インフルエンザウイルスに有効なヒト用のワクチンはない.
WHO(世界保健機関)や国立感染症研究所などでワクチン製造に最適なウイルス株の選定を行い,必要な場合にワクチンが製造できるように準備が進められている.

b.正
農林水産省の高病原性鳥インフルエンザ及び低病原性鳥インフルエンザに関する特定家畜伝染病防疫指針によれば,わが国における鳥インフルエンザの防疫措置は早期の摘発淘汰を行うことが基本で,ワクチンの使用については,早期摘発淘汰によって根絶を図ることが困難となった場合にのみ,考慮するとされている.

c.正
鳥インフルエンザの不活化ワクチンの接種では,感染そのものを防ぐことができないほか,ワクチンによって鳥インフルエンザに対する免疫を獲得した鶏は,臨床症状を示しにくくなり,かえって早期摘発が困難になるという家畜防疫上及び公衆衛生上の問題がある.

d.誤
現在使用されている人のインフルエンザワクチンは,人の間で流行している A/(H1N1)pdm,A/H3N2,及び B 型インフルエンザに対して効果のあるものであって,H5亜型や H7亜型などの鳥インフルエンザに対する効果は期待できない.

e.誤
鳥インフルエンザの不活化ワクチンは,ワクチン接種鶏の発症を防止し,環境中へのウイルス排出量を減少させることはできるが,感染そのものを完全に防ぐことはできないと考えられている.


キーワード:鳥インフルエンザ,高病原性,新型インフルエンザ,パンデミック,鶏