獣医師生涯研修事業Q&A 公衆衛生編(日本獣医師会雑誌 第73巻(令和2年)第3号掲載)
診療に携わる獣医師は X 線を取り扱うために放射線に関する知識が不可欠であるが,福島第一原発事故によって環境や食品の放射能汚染が引き起こされたことにより,公衆衛生分野の獣医師にも放射線に関する知識が求められている.
質問 1:放射線に関する記述として誤っているものはどれか.
- a.β線は原子核から放出された高エネルギーの電子である.
- b.α線は原子核から放出された高エネルギーの He原子核である.
- c.γ線と X 線の違いは,持っているエネルギーの大きさである.
- d.α線は空気中でも 4cm 程度で遮蔽されてしまう.
- e.γ線のエネルギーは核種ごとに一定である.
質問 2:放射線の単位や量に関する記述として誤っているものはどれか.
- a.Bq(ベクレル)は放射性物質の量を表す単位である.
- b.Gy(グレイ)は放射線によって物質が吸収したエネルギーを表す単位である.
- c.Sv(シーベルト)は生物に対する影響の大きさを考慮した単位である.
- d.等価線量は,組織の吸収線量に放射線荷重係数を乗じたものである.
- e.サーベイメーターで表示される値は実効線量である.
質問 3:放射線の生物に対する影響に関する記述として誤っているものはどれか.
- a.確定的影響の発生には閾値があるが,確率的影響には閾値がないとされている.
- b.確定的影響は,被曝線量が増えるに従って重篤度が高まる.
- c.子どもは大人よりも放射線による発癌リスクが高い.
- d.内部被曝の発癌リスクは外部被曝よりも高い.
- e.さまざまな放射線の生物影響は,主に DNA 損傷によって引き起こされる.
質問 4:放射性物質または放射線量に関する日本の基準として誤っているものはどれか.
- a.放射線業務従事者(男)の年間被曝限度は 50mSvである.
- b.公衆の年間被曝限度は 1mSv である.
- c.一般食品の放射性物質の基準値は 100Bq/kg である.
- d.食品で規制対象となる放射性物質は放射性セシウム(134Cs+137Cs)のみである.
- e.家畜用飼料の基準値は乾燥重量当たりの値である.
解答と解説
質問 1 に対する解答と解説
正解:c
- a.β線は放射性物質がβ壊変した際に原子核から放出される電子(または陽電子)である.
- b.α線は原子番号が 82(鉛)以上の大きな原子がα壊変した際に原子核から放出される He 原子核である.
- c.γ線も X 線も電磁波であるが,α壊変やβ壊変に伴って原子核から放出されるものをγ線,それ以外のもの,たとえば高エネルギー電子の加速度運動(制動 X 線等),軌道電子の遷移(特性 X 線),電子の消滅(消滅 X 線)などによるものを X 線という.
- d.α線は速度が遅いため空気中でも 4cm 程度しか飛ぶことができない.このため外部被曝にはほとんど寄与しない.
- e.γ線のエネルギーは核種ごとに一定であるため,これによって放射性物質を同定することができる.一方,β線は核種ごとに最大エネルギーは決まっているが,個々のβ線のエネルギーは放出の都度異なる(最大エネルギーは超えない).
質問 2 に対する解答と解説
正解:e
- a.Bq(ベクレル)は放射性物質の量,すなわち放射能を表す単位であり,1 秒当たり 1 個の原子核が壊変する放射性物質の量が 1Bq と定義されている.
- b.Gy(グレイ)は放射線の量を表す単位の一つで,放射線によって物質 1kg 当たり 1J(ジュール)のエネルギーを吸収したときの線量が 1Gyと定義されている.
- c.Sv(シーベルト)も放射線の量を表す単位であるが,生物に対する影響の大きさを考慮した放射線防護を目的にした単位である.表 1 に示したように,さまざまな線量の単位として使われている.
- d.吸収線量が同じでも放射線の種類によって生物影響の大きさが異なるため,放射線の種類ごとに定めた放射線荷重係数を組織の吸収線量に乗じて,影響の大きさを評価できるようにしたものが等価線量である.係数は,β線,γ線及び X 線では 1,α線では 20 である.
- e.実効線量は放射線防護のために定義された量であるが,実測することができない.このため,これに代わる測定可能な量として線量当量が定義され,サーベイメーターの表示や個人被曝の評価に使われている.線量当量は実効線量を下回ることがないように幾分過大評価となっている.
質問 3 に対する解答と解説
正解:d
- a.確定的影響は閾値未満では発生しない.一方,癌などの確率的影響には閾値がないとされているが,100mSv 未満の被曝では癌の有意な増加は確認されていない.
- b.確定的影響は閾値を超えると発症し,被曝線量が増えるに従って重篤度が高まる.一方,確率的影響は線量が増えるに従って発症する確率が増加するが,発症した影響(癌など)の重篤度は線量に依存しない.
- c.子どもは大人よりも放射線による発癌リスクが2~ 3 倍高いとされている.
- d.実効線量が同じであれば,内部被曝と外部被曝の発癌リスクは同等である.
- e.さまざまな放射線の生物影響は,主に DNA 損傷によって引き起こされる.しかし,DNA 損傷は被曝とは無関係に常に発生しており,その大部分は細胞の機能によって正常に修復されている.
質問 4 に対する解答と解説
正解:e
- a.男性の放射線業務従事者の年間被曝限度は50mSv で,かつ 5 年間で 100mSv である.一方,女性の放射線業務従事者の被曝限度は 3 カ月当たり 5mSv である.
- b.公衆が立ち入る場所の放射線量は 1 年間に1mSv 以下と定められている.
- c.一般食品の放射性物質の基準値は 100Bq/kgである(表 2).
- d.当初定められた暫定基準では,放射性ヨウ素,ウラン及び超ウラン元素も対象であったが,現在の規制対象は放射性セシウム(134Cs+137Cs)のみである.
- e.家畜用飼料の基準値は,粗飼料は水分含量 80%に換算した値,その他は製品重量当たりの値である(表 2).なお,食品,肥料,土壌改良剤,培土も製品重量当たりの値であるが,きのこ用の原木や菌床用培地は乾燥重量当たりとなっている.
キーワード:放射線、放射性物質、放射能、被爆