獣医師生涯研修事業Q&A 公衆衛生編(日本獣医師会雑誌 第74巻(令和3年)第3号掲載)
ダニ媒介性脳炎(TBE)は TBE ウイルス(TBEV)によって引き起こされる感染症である.TBE は致死的な脳炎に至ることも多く,ヨーロッパ諸国,ロシア,中国などの流行地域で公衆衛生上の重要な問題となっている.最近,北海道において患者発生が続いており,日本においても発生動向に関して注意が必要である.TBEと同じく主にマダニによって媒介される感染症として,重症熱性血小板減少症候群(SFTS)も日本において患者が毎年発生している.SFTSはSFTSウイルス(SFTSV)の感染による致死率の高いウイルス性人獣共通感染症である.今回は,TBE と SFTS について取り上げることとした.
質問 1:次の TBE に関する記述のうち,正しいのはどれか(複数回答可).
- a.TBEVはマダニに長期間にわたって感染が持続する.
- b.TBE は TBEV に対する IgG を ELISA で検出することで他のウイルス性脳炎との鑑別が可能である.
- c.TBE はダニの刺咬だけが人への感染経路だと考えられている.
- d.TBE に対する特異的な治療法はない.
- e.TBE のワクチンはまだ開発されていない
質問 2:次の SFTS に関する記述のうち,正しいのはどれか(複数回答可).
- a.SFTS ウイルスはラブドウイルス科に属する RNAウイルスである.
- b.SFTS は呼吸器症状が主な症状となる.
- c.日本では関東以北で SFTS の患者発生が多い.
- d.人以外の動物で SFTSV に感染して発症したという報告がある.
- e.感染動物から人に SFTSV が感染した例は報告されていない.
解答と解説
質問1に対する解答と解説:
正解:a,d
a.○
TBEV はマダニに長期間感染し,同一個体の成長段階(卵→幼虫→若虫→成虫)を通じて感染が持続する.感染マダニから卵を介した次世代への経卵巣感染もあると考えられている.自然界ではマダニとげっ歯類などの小型哺乳類の間で感染環が形成されていると考えられている.
b.×
TBEV は日本脳炎ウイルス(JEV)と同じくフラビウイルス科のフラビウイルス属に属するRNA ウイルスである.ELISA で検出される抗TBEV-IgG 抗体は JEV に対しても交差反応性が高いため,IgG 検出 ELISA では両ウイルスの感染を区別できない.IgM 検出 ELISA で TBEV 特異的 IgM 抗体を検出するか,中和試験によってTBEV に対する特異的な中和抗体の上昇を検出することにより血清学的な診断を行う.
c.×
TBEV は感染マダニの刺咬によって人に感染するほか,感染ヤギの生乳の摂取による経口感染もあることが知られている.したがって,流行地では肌の露出を避ける,ダニ忌避剤を使用するなどのマダニの刺咬を予防する対策を取るとともに,十分に加熱された乳製品の摂取を心掛けることが望まれる.
d.○
TBE には,特異的な治療法はないため,患者に対しては対症療法が行われる.海外ではγグロブリン製剤の投与が行われることがあるが,有効性は不明である.
質問2に対する解答と解説:
正解:d
a.×
SFTSV はフェニュイウイルス科(旧ブニヤウイルス科)のバンダウイルス属(旧フレボウイルス)に属する RNA ウイルスである.フラビウイルス科やラブドウイルス科のウイルスが一本鎖のRNA を遺伝子とするのに対し,SFTSV などのフェニュイウイルス科のウイルスは三本分節のRNA を遺伝子とする.
b.×
SFTS 患者では,発熱,下痢及び嘔吐などの消化器症状が主徴となり,出血徴候,凝固異常,多臓器不全などを伴うことが多い.致死率は 10~30%と言われている.検査所見としては,血小板減少や白血球減少が見られ,骨髄検査では血球貪食症候群の所見が見られる.
c.×
日本では西日本における患者発生例が大多数を占める.関東以北での発生例はほとんど見られない.しかし,野生動物の抗体調査や,マダニからの SFTSV の検出では,関東以北でもウイルスの分布が示唆されている.
d.○
国内では,SFTSV に感染して発症した猫,犬,及びチーターが報告されている.感染猫では重症化することが多い.これらの動物種の他に,SFTSV に対する抗体を保有する野生の鹿,猪,及びアライグマなどが国内で見つかっている.
e.×
SFTSV 感染猫では,発熱,消化器症状,血小板減少,白血球減少など,人の患者と似た症状を示すことが知られている.感染猫の唾液などからウイルスが検出される.実際に感染猫から飼い主や獣医療者に感染した例も報告されている.SFTS の流行地では飼育動物から感染のリスクがあることを十分に周知する必要がある.
キーワード:マダニ,ウイルス,人獣共通感染症,ダニ媒介性脳炎,重症熱性血小板減少症候群