獣医師生涯研修事業Q&A 公衆衛生編(日本獣医師会雑誌 第74巻(令和3年)第7号掲載)
今回はカンピロバクター食中毒を取り上げる.カンピロバクター(Campylobacter jejuni 及び C. coli)による食中毒は,世界的に増加の一途をたどり,公衆衛生上の重要な問題と位置付けられている.食品安全委員会は 2006 年にリスクプロファイル,さらに 2009 年にリスク評価を公表した.しかし,その後も本食中毒件数に減少がみられないことから,2018 年に新たなリスクプロファイルを公表し,さらに現在その改訂を行っている.
質問 1:図 1,2 はわが国における 1998~2020 年の,ある食中毒の発生件数(図 1)と患者数(図 2)を示したものである.A,B 及び C に該当する病因物質の組合わせで正しいものはどれか.
- a. A-腸管出血性大腸菌,B-カンピロバクター,C-ノロウイルス
- b. A-サルモネラ属菌,B-カンピロバクター,C-ノロウイルス
- c. A-カンピロバクター,B-ノロウイルス,C-サルモネラ属菌
- d. A-サルモネラ属菌,B-ノロウイルス,C-腸炎ビブリオ
- e. A-カンピロバクター,B-ノロウイルス,C-ブドウ球菌
質問 2:カンピロバクター食中毒に関連する記述で,正しい組合せはどれか.
- ア.原因菌は環境因子に低感受性で,容易に死滅しない
- イ.原因菌は好気性であり,25℃で旺盛に増殖する
- ウ.原因食品としては鶏肉が重要であり,Campylobacter jejuni は主に鶏の腸に定着している
- エ.潜伏期間が 1~7 日と,比較的長い
- オ.Campylobacter jejuni と Campylobacter coli の鑑別にはクエン酸分解能試験が有用である
a.ア,イ b.イ,ウ c.ウ,エ d.エ,オ e.ア,オ
質問 3:カンピロバクター食中毒に関連する記述で,正しい組合せはどれか.
- ア.発症には比較的大量の菌数を必要とする
- イ.本食中毒は大規模事例が多い
- ウ.本食中毒の発生は冬季に多い
- エ.原因菌の選択分離培養にはスキロー寒天培地が用いられる
- オ.下痢症から回復後,ギラン・バレー症候群を続発することがある
a.ア,イ b.イ,ウ c.ウ,エ d.エ,オ e.ア,エ
解答と解説
質問 1 に対する解答と解説:
正解:b
A.サルモネラ食中毒
サルモネラ属菌に汚染された食品を摂取した後12~48 時間の潜伏期を経て発症する.主な症状は,下痢(1 日 10 回以上),腹痛,嘔吐などの急性胃腸炎であり,発熱が他の食中毒より高温になることも特徴の一つである.下痢の症状として軟便及び水様便が多いが,重症の場合には粘血便がみられることもある.サルモネラ食中毒は,1990 年代前半に血清型 Enteritidis 汚染鶏卵を原因とする事例が増加し始め,最盛期には年間 825件(1999 年),患者数 16,576 人(1996 年)に上った.その後,さまざまな対策により減少の一途を辿り,2020 年では年間 33 件,患者数 861 人にまで激減している.また,食中毒の主な原因であった血清型 Enteritidis が人から分離される割合は,1998 年には 60%以上を占めていたが,2014 年以降は 10%前後にまで激減した.一方で以前から分離頻度の比較的高かった血清型 Typhimuriumに加え,2000 年代後半からは Infantis,2010 年以降は Schwarzengrund などの血清型の占める割合が増加している.また,サルモネラ食中毒では以前から死亡例が散見されており,事件数が67 件と少なかった 2011 年でも,本食中毒により3 人が死亡していることから,今後も注意が必要である.
B.カンピロバクター食中毒
わが国において,カンピロバクター食中毒は細菌性食中毒の中で近年発生件数が最も多く,年間300 件,患者数 2,000 人程度で推移している.主な症状として,下痢,腹痛,発熱,悪心,嘔吐,頭痛,全身倦怠感等が認められる.下痢は 1 日10 回以上に及ぶこともあり,水様性~泥状で膿,粘液,血液を混ずることもある.また,続発性のギラン・バレー症候群も問題となっている.
C.ノロウイルス食中毒
ノロウイルスは,カンピロバクター・ジェジュニ/コリとともにわが国の食中毒の原因の上位を占めている.特に冬季に多発し,年間 200~500件程度が発生している.また,患者数は 5,000 人以上,多い時は 10,000 人以上で推移しており,食中毒患者数に占める割合は常に上位にある.主症状は,下痢,嘔吐,発熱,悪心及び腹痛であり,特に嘔吐は突然,急激に強く起こるのが特徴である.発症までの潜伏期は一般的に24~48時間で,発症後は 1~2 日程度継続した後に治癒する.発症後は 1~2 日程度継続した後に治癒する.
質問 2 に対する解答と解説:
正解:c
ア.誤
カンピロバクター属菌は一般的に空気,乾燥,熱に弱く,速やかに死滅する.C. jejuni は実験的に長期間の培養または大気中に曝露されると,その形態をらせん状から球状に変化させ,生きているが人工培地で培養できない(Viable ButNon Culturable cells:VBNC)状態となることが知られている.
イ.誤
C. jejuni は 5~10%酸素存在下でのみ増殖可能な微好気性菌である.37℃だけでなく 42℃でもよく増殖することから,高温性カンピロバクター(thermophilic Campylobacter)と呼ばれている.なお,主に牛に流産を起こす C. fetus は25℃で増殖可能である.
ウ.正
カンピロバクター食中毒の主要なリスク因子として,生鮮あるいは加熱不十分の鶏肉が指摘されている.わが国で 2019 年に発生した本食中毒286 件のうち,91 件において原因食品として鶏肉あるいは鶏内臓が推定され,鶏刺し,レバ刺し,ユッケ,とりわさ等の生の鶏肉のほか,たたきや湯引き等の表面のみが加熱された鶏肉,あるいは加熱不十分な鶏肉料理の喫食が含まれていた.なお,詳細不明の食事の喫食や原因不明の事例もかなり多い.カンピロバクター属菌は,さまざまな動物の消化管,生殖器,口腔内等に広く分布しており,中でも C. jejuni と C. coli はそれぞれ主に鳥類と豚の消化管に生息している.特に,鶏の C.jejuni 保菌率は他の動物の保菌率と比較すると非常に高く,鶏の腸管内容物の菌数も多い.
エ.正
本食中毒の潜伏期間は 1~7 日と他の多くの食中毒菌と比較して長い.そのため,調査の際に原因食品が既に廃棄されていることが多く,また保存されていたとしても,菌が死滅・減少して食品から分離できないことも多い(冷凍保存でも菌は死滅・減少).そのため,カンピロバクター食中毒の原因食品の特定は困難な場合が多い.
オ.誤
C. jejuni と C. coli の生化学性状(オキシダーゼ陽性,糖非分解)はほぼ共通しており,その鑑別には馬尿酸塩加水分解試験が有用である.その他,菌種の同定には PCR も用いられている.
質問 3 に対する解答と解説:
正解:d
ア.誤
1988 年に報告されたボランティアでの投与試験では,800 個の菌の摂取により 10 人中 1 人で下痢,10 人中 5 人で感染が認められている.一方で,2020 年にカンピロバクター食中毒における感染成立までを胃内での消化,小腸での腸内細菌叢との競合,小腸上皮細胞への侵入に分けて推定し,それらを統合した用量反応モデルが作製された.これによると,摂取菌数が 1 個以上 10 個未満から感染確率が上昇し始め,100 個以上では90%程度の感染確率となる予測結果が得られている.
イ.誤
カンピロバクター食中毒では小規模・散発事例が多く,2020 年の 1 件あたりの患者数は 5 人(サルモネラでは26人,ノロウイルスでは37人)となっている.患者 1 人の事例の占める割合が高く,大規模な食中毒はまれであるが,近年は患者 2 人以上の事例が増加傾向にあり,注意する必要がある.
ウ.誤
カンピロバクター食中毒は年間を通して発生しているが,特に 6 月を中心に 4~9 月に多発し,1~2 月は患者数が少ない傾向がある.
エ.正
原因菌の選択分離培養には,スキロー寒天培地の他にプレストン,バツラー,ブレイザーといった血液添加平板や,CCDA やカルマリー寒天のような活性炭末添加平板が用いられる.いずれも抗生剤を添加し,他菌の発育を抑制するとともにカンピロバクターが極度に過敏な過酸化物の影響を低減するものである.
オ.正
カンピロバクターによる下痢症自体は多くの場合自然治癒し,予後も良好で,特別な治療を必要としない.ギラン・バレー症候群は C. jejuni 感染に続発する疾病として知られているが,実際には各種感染症が誘因となって発症する自己免疫性末梢神経疾患と考えられている.C. jejuni の場合は,菌体表面にあるリポ多糖類に対して産生された抗体が,リポ多糖類と構造の類似したヒト末梢神経に含まれるガングリオシドと反応して発症すると考えられている.
キーワード:食中毒、カンピロバクター、鶏肉