獣医師生涯研修事業Q&A 公衆衛生編(日本獣医師会雑誌 第75巻(令和4年)第3号掲載)
近年,日本における食中毒の発生状況について,大きな変化が起こっている.食中毒発生数が減少し,特に食中毒の主要な病因物質であった細菌による食中毒の発生件数が減少し,代わってウイルス性や寄生虫による食中毒の発生件数が増加している.また,同じ病原体でも血清型,生物型,毒素型などが変化しているものも見受けられる.ここでは,いくつかの食中毒病因物質(病原体)について注目する.
下記の食中毒の病因(病原体)に関する説明で,間違っているものをそれぞれ一つ選びなさい.
質問 1:エルシニア・エンテロコリチカ
- a.4℃以下でも発育可能な低温菌である
- b.病原性株の中に,強毒型と弱毒型の 2 種類がある
- c.豚,犬,猫,ノネズミなどの哺乳類が主たる保菌動物である
- d.冬期に多くの発生がみられる
- e.感染型の食中毒の原因菌である
質問 2:サルモネラ
- a.日本の患者からの検出頻度が高い血清型のひとつに S. Enteritidis がある
- b.鶏,豚,牛,ノネズミなど鳥類や哺乳類のみが保菌動物である
- c.臨床症状は,発熱,腹痛,下痢といった胃腸炎症状である
- d.2,500 種類以上の血清型がある
- e.人への主たる感染源は,鶏卵や鶏肉である
質問 3:アニサキス
- a.病原体は寄生虫(線虫)である
- b.感染源はイカ,サバ,サンマ,カツオなどの海産物で,これらを生食することで感染する
- c.臨床症状は,みぞおち付近の激しい痛み,悪心,嘔吐などである
- d.2018 年以降,アニサキス食中毒は,日本において食中毒における病因物質別発生件数並びに患者数で第 1 位である
- e.病原体は-20℃で 24 時間以上の冷凍で死滅する
解答と解説
質問1に対する解答と解説:
正解:d
エルシニア・エンテロコリチカは,代表的な感染型の食中毒原因菌の一つとして知られている.本菌は 4℃以下でも発育可能な低温菌である.本菌の病原性株には,弱毒型(O3,O5,27,O9)と強毒型(O8 を含む 5 血清型)があり,日本では以前は弱毒型のみの発生がみられたが,近年は強毒型の血清型O8 による感染患者が増加している.ドイツやポーランドなどのヨーロッパでも,近年,O8 による感染事例が増加している.本菌の保菌動物として,ブタが最も重要で,犬や猫などの愛玩動物からも検出される.ノネズミも自然界における本菌の保菌動物であり,特に,わが国では強毒型の血清型 O8 の主要な保菌動物として知られている.本菌による食中毒は,通年で発生するが,特に夏期に多い.
質問2に対する解答と解説:
正解:b
サルモネラは,主要な感染型食中毒の主要な原因菌の一つとして知られている.かつては,腸炎ビブリオに次いで発生数の多い細菌性食中毒の病原体であったが,近年,その発生は大きく減少している.本菌には,2,500 種類以上の血清型が存在することが知られており,世界的に S. Enteritidis による感染事例が多く,感染源として鶏卵や鶏肉が重要である.保菌動物としては,鶏が最も重要で,豚,牛等も重要である.しかし,ヘビ,カメ,ヤモリなどの爬虫類における保菌率も高く,近年,ペットの爬虫類からの感染事例も多く,社会問題となっている.東南アジアでは,ヤモリが本菌の保菌動物あるいは感染源として重要視されている.
質問3に対する解答と解説:
正解:d
アニサキスはアニサキス科アニサキス属に属する線虫で,食中毒寄生虫の一つとして知られている.本病原体は,イカ,サバ,サンマ,カツオなどの海産物を生食(または加熱不十分なもの)すると,アニサキス幼虫がこれらの食品とともに体内に取り込まれ,幼虫は胃壁や腸壁に刺入し,喫食から約数時間後にみぞおちの激しい痛み,悪心,嘔吐などの臨床症状を呈する.アニサキス食中毒の発生は,近年まで極めてまれであったが,2018 年以降急激に増加し,日本における食中毒発生事件数で第 1 位となっている.しかし,1 事例当たりの患者数は大体1 名なので,患者数は多くはない.アニサキスは,-20℃で 24 時間以上冷凍すれば死滅する.
キーワード:食中毒,エルシニア,サルモネラ,アニサキス