獣医師生涯研修事業Q&A 公衆衛生編(日本獣医師会雑誌 第76巻(令和5年)第11号掲載)
質問1:原因不明の発熱患者の検体が搬送されたため,ウイルス感染を疑い,病原体分離のための細胞培養用の培地を粉末から調整することになった.オートクレーブが故障していたため,濾過滅菌することにした.この方法により起こる可能性がある問題はどれか.
- a 環境中の芽胞形成細菌のコンタミネーション
- b クリプトスポリジウムのコンタミネーション
- c カビ(酵母)のコンタミネーション
- d マイコプラズマのコンタミネーション
質問2:前述の検体について,「発熱患者の全身に発疹・赤い斑点が認められる」という情報が入った.テトラサイクリン系抗菌薬による治療により回復傾向にあるという.さらに,この患者は一週間ほど前に東南アジア諸国において野山に自生する植物を観察する機会があったという聞き取り情報も寄せられた.考えられる疾病はどれか.
- a つつが虫病
- b レプトスピラ症
- c ニパウイルス感染症
- d デング熱
質問3:この患者の急性期血液から,培養細胞を用いて病原体を分離することはできるか?
- a 寒天培地で分離する病原体であるため,できない.
- b 人工的に培養した細胞には感染しないため,できない.
- c 急性期血液には病原体がいる可能性が高く,分離できる.
- d 急性期血液は,分離検査に適していないためできない.
解答と解説
質問1に対する解答と解説:
正解:d
解説:濾過滅菌では,病原体のサイズにより濾過フィルターを通過してしまう微生物がいることを覚えておく必要がある.ウイルス全般は濾過滅菌では除去できない.芽胞形成細菌,クリプトスポリジウム(原虫),酵母は,サイズが大きく0.22 μmフィルターを通過できない.一般的な細菌は0.3~10μm,クリプトスポリジウムのオーシストは種により差があるが15~45×15~ 30 μm,酵母は3 ~ 5μmである.マイコプラズマは0.2~ 0.8 μmであるため,0.45 μmフィルターを通過し,0.22 μmフィルターでも完全に除去できるとは限らない.マイコプラズマの種も多様であるが,培養細胞に感染すると細胞の増殖が遅くなるなどの影響がでるため,実験・検査が正確に実施できなくなる.
a,b,cについては,手技が不適切であったり,器具の不適切な準備により起こる可能性がある.
質問2に対する解答と解説:
正解:a
解説:感染症法において四類感染症(全数届け出)に指定されている,つつが虫病である.高熱と全身の発疹という臨床症状から,麻疹などのウイルス感染症との鑑別も重要である.虫の刺し口が大きな痂皮となることが多い.つつが虫病は,その疾患名から日本固有と思われるかもしれないが,日本,中国,インド,東南アジア諸国,オーストラリアと広く分布する.海外にて感染する機会もある.
起因細菌はリケッチア目リケッチア科オリエンチア属Orientia tsutsugamushi である.一属一種であるが,多くの血清型があるために抗体検査による診断は難しい.人以外にも感染するが発症は不明である.国内で確認されている主要な血清型は6 型ある(Kato,Karp,Gilliam,Kuroki/Irie,Kawasaki/Hirano,Shimokoshi).媒介するツツガムシの種類と保菌する血清型に関連がある.人や動物の体液を吸い病原体を伝播するのは幼虫のみであり,ツツガムシ種により幼虫の活動時期が異なる.ツツガムシ種の分布は地域特異性があるため,つつが虫病の発生も地域によって時期が異なる.海外では血清型と媒介ツツガムシ種についての解析が進んでおらず不明な場合が多い.治療には,テトラサイクリン系抗菌薬が有効である.
レプトスピラ症にもテトラサイクリン系抗菌薬が有効であるが,発疹など皮膚症状はない.デング熱ウイルスでは発疹が認められ,ニパウイルスでは認められない.これらの,疾病の分布はつつが虫病と重なっているが,抗菌薬は無効である.
質問3に対する解答と解説:
正解:c
解説:Orientia tsutsugamushi を含め, リケッチア目細菌は,偏性細胞内寄生性細菌である.人工培地での培養は現在のところ不可能である.分離には,培養細胞,発育鶏卵,実験動物(マウス)が用いられる.バイオセーフティ(BSL)3 の病原体であるため,一般的な実験・検査室では実施できない.急性期(発熱期)は菌血症を起こしていることが多く,分離材料となるだけでなく,遺伝子検出にも有用である.動物からの分離は,不顕性の場合は血液からの分離は期待できず,解剖して採集した脾臓などを用いる.
キーワード:滅菌,濾過滅菌,リケッチア,つつが虫病,分離