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獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編

獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編(日本獣医師会雑誌 第68巻(平成27年)第10号掲載)

症例:犬,ミニチュア・ダックスフンド,避妊雌,13歳齢

既往歴:なし

主訴:軟便,粘血便

現病歴:4 カ月ほど前から便に血液や粘液が付着するとのことで他院を受診.抗菌薬(メトロニダゾール)の投与を受けるが,症状は良化せず,しぶりなどはむしろ悪化したとのこと.その後整腸剤,トラネキサム酸なども投与されたが,効果が見られず,1 カ月ほど前からプレドニゾロン(1mg/kg,1 日1 回,経口投与)を処方されたが,明らかな効果が認められず,粘血便,しぶりが持続するため当院に来院.

診時身体検査所見:体重5.3kg,BCS 3/5,体温39.0 度,心拍数120 回/ 分,呼吸数はパンティングで測定せず.腹部触診では明らかな疼痛や異常は確認できず,体表リンパ節の腫大も認められなかった.

血液検査所見:血小板数,ALP が軽度に増加していた.白血球数(WBC)は基準範囲内であったが,CRP は明らかに増加していた(表).

表 初診時血液検査所見

質問1:ここまでの初期検査アプローチで明らかに抜けていると思われる検査は何か.


腹部超音波検査:肝臓,脾臓,腎臓,副腎,膀胱などの腹腔内臓器には異常が認められなかったが,下降結腸の下部(膀胱近位)で図1A のような所見が得られた.図1B は下降結腸の矢状断である.


図1A 症例の下降結腸の超音波所見
図1B 症例の下降結腸の超音波所見

質問2:この下降結腸の超音波所見を解説しなさい.


下部内視鏡検査所見:無麻酔下で,肛門より内視鏡を挿入し,直腸から下降結腸の観察を行った.肛門より2~3cm 入った部位から,粘膜には多数のポリープ状隆起が多数認められ,一部で出血や粘液付着を伴っていた(図2A).病変部は肛門より約12~3cm まで続き,その箇所より上部(回腸寄り)では肉眼的病変は確認できなかった(図2B).複数箇所ポリープの鉗子生検を行って検査を終了した.


図2A 症例の下降結腸の内視鏡像
直腸部付近から粘膜にはさまざまなサイズのポリープが多数観察され,一部で出血を伴っていた.
図2B 症例の下降結腸の内視鏡像
肛門から12~3cm 入った下降結腸の途中からは,ポリープは観察されなくなり,病変部は約10cm 程度に限局していた.

質問3:本症例で最も疑わしい疾患名を述べなさい.

質問4:本疾患に対して行うべき内科療法について概説し,治療前のインフォームド・コンセントについて述べなさい.

解答と解説

質問1に対する解答と解説:
本症例は明らかに大腸性下痢の症状(しぶり,粘血便)を呈している.したがって直腸の触診は最低限行うべき検査である.また糞便検査に関する記述が抜けているが,大腸性下痢では必ず一度は糞便検査(細菌,原虫,寄生虫など)を行うべきである.直腸診及び糞便検査は通常血液検査の前に行うべきである.ちなみに本症例の直腸診では,肛門より3 ~ 4cm 入った部分で,全周性に多数の小型のポリープ(隆起物)が触知された.糞便検査は直接塗抹検査のみが行われていたが,明らかな異常所見は認められなかった.


質問2に対する解答と解説:
A では下降結腸横断面とともに小腸の横断面が描出されている.糞塊がないため結腸が明瞭に描出されているが,小腸横断面に比較して結腸が明らかに腫大しており,特に粘膜層が厚くなっている.肥厚した結腸の近位ではリンパ節が軽度に腫大しているのが観察される.B は結腸病変部の矢状断であるが,粘膜層が不均一になっており,重度不整あるいはポリープ状に観察される.


質問3に対する解答と解説:
犬種がミニチュア・ダックスフンドであること,直腸から下降結腸に限局した多発性ポリープが認められたことから,日本国内で(海外では報告されていない)多発している,ミニチュア・ダックスフンドの炎症性結直腸ポリープ(ICRP)の可能性がきわめて高いと考えられる.過去の国内での調査では,ミニチュア・ダックスフンド以外では結直腸部での炎症性ポリープは非常に少ないことに対し,ミニチュア・ダックスフンドでは炎症性の多発性ポリープが約7 割ときわめて多いことが報告されている.発生率は低いがミニチュア・ダックスフンドでも腺癌が同部位に発生することもあるので,注意は必要である.


質問4に対する解答と解説:
ミニチュア・ダックスフンドの炎症性結直腸ポリープ(ICRP)の約6~7 割の症例は,プレドニゾロンやシクロスポリンを用いた免疫抑制療法に反応して寛解する.プレドニゾロン単独では反応しない症例が多いので,内科療法としてはまずプレドニゾロン(1 ~ 4mg/kg/ 日)及びシクロスポリン(5~10mg/kg/ 日)の併用療法を考慮すべきであると考えられる.飼い主へは,治療前に犬種,体質的な(免疫介在性の)疾患であり,何らかの形で投薬が長期間必要な場合が多いこと,薬に反応する場合には漸減は可能な場合が多いこと,逆に反応が悪い場合や大型のポリープが混在している場合には,内視鏡下でのポリペクトミーやアルゴンプラズマ凝固法(APC),及び外科的な切除(粘膜あるいは全層プルスルー)を考慮しなくてはならないこと,などを説明しておくべきである.


キーワード: 犬,ミニチュア・ダックスフンド,大腸性下痢,炎症性結直腸ポリープ,免疫抑制治療