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獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編

獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編(日本獣医師会雑誌 第68巻(平成27年)第12号掲載)

症例:柴犬,3 歳3 カ月齢,雄(去勢済)

主訴:食欲が普段より低下,散歩に行っても疲れるのか,呼吸が早くなり座り込むことがある.

一般身体検査所見:体重は8.7kg(B.C.S:3),体温は38.7℃,聴診時不整脈,心雑音はなく,心音が左胸側より右胸側の方がよく聴こえ,肺音が左胸側では右胸側より聴き取りにくい.呼吸数は90 回/ 分,呼吸様式は浅く早い.

血液検査所見(表):血液検査所見上,著変はみられず.

胸部X 線検査所見(図1):LA 像において心陰影,横隔膜は消失.葉間裂内に液体貯留がみられるときの肺木葉状陰影が認められる.DV 像では一部心陰影,横隔膜ラインの消失.液体貯留による葉間裂拡大が認められる.

心エコー検査所見:心拡大,血液逆流所見なし他異常なし,胸水貯留所見あり.


質問1:症例の初診時検査結果からどのような処置が必要であるか.

質問2:その結果からどのような診断が考えられるか.

質問3:症例の状態によりどのような治療が必要になるか.


表 初診時血液検査所見
図1 胸部X 線検査所見(左:LA 像,右:VD 像)
解答と解説

質問1に対する解答と解説:
聴診上,不整脈,心雑音もなく肺胞音がやや聴き取りにくいこと,呼吸様式が浅く早いことから呼吸器疾患を疑い胸部X 線検査を実施.胸水貯留所見が認められ,胸水が何であるか診断のポイントになるため,血液検査上異常所見がないことから鎮静下で胸水を抜く処置をする.この症例の場合に左側から230ml,右側から200ml の乳白色を呈した液体が抜けた(図2).可能な限り胸水を除去した後に再度X線検査し胸膜炎の有無など評価をする.


質問2に対する解答と解説:
乳白色を呈した液体が抜けたことから,乳び胸の確定診断のため血清中のトリグリセライド値と乳白色液体のトリグリセライド値を測定比較する.血清中のトリグリセライド値は98mg/dl,乳白色液体のトリグリセライド値は1,133mg/dl と血清中より乳白色液体の方が高値であり,血清中の総コレステロール値は201mg/dl,乳白色液体の総コレステロール値は103mg/dl と乳白色液体の方が低値であることから乳び胸と確定診断できる.乳び胸は,胸腔内に腸管由来の脂肪を含んだ乳びが胸管から漏出し胸腔内にたまることによって起こるものである.原因不明な特発性乳び胸と右心不全,前大静脈塞栓症,胸腺腫やリンパ腫などの胸腔内腫瘍,横隔膜ヘルニア,外傷や肺葉捻転,胸腔内手術後医原性に発症する二次性乳び胸がある.特発性乳び胸の好発犬種として,本症例のように柴犬,アフガンハウンド,ボルゾイなど,猫ではシャム,ヒマラヤンが多いとされている.


質問3に対する解答と解説:
初診時に胸水を抜き,乳び胸と診断した場合,二次性乳び胸では,原疾患に対する治療を施す.その後ふたたび乳びが貯留するような場合には,以下に述べる特発性乳び胸に施すような治療をする.内科的治療としては,乳び中の脂肪濃度を抑えるために低脂肪食が推奨される.人ではリンパ管浮腫のサプリメントとして用いられているルチンを50~100mg/kg を犬猫に1 日3 回飲ませて臨床症状が改善されることがある.また,乳びに細菌感染がない場合は,胸膜炎の炎症や線維化を抑える意味では副腎皮質ステロイドも使用することがある.逆に薬剤(ピシバニール®,ミノサイクリン,ブレオマイシンなど)を胸腔内に注入し化学的に炎症を起こさせ胸膜癒着による乳びの漏出を抑える方法もあるが,正常な肺の拡張を制限してしまう場合や手術する際のアプローチがしにくくなる場合があるため適応を検討する必要がある.胸腔穿刺による乳びの継続的除去処置は,一時的な症状の改善になり対症治療としては有効ではあるが,長期管理では胸膜炎の進行,低栄養,細菌感染や気胸などのトラブルも起こしやすく外科的治療までの対応として考えた方がよい.内科的治療により症状が改善されない場合の外科的治療としては,手術2~3 時間前に食用油(約2ml/kg)を経口投与しておくことで,腸間膜リンパ管などリンパ管が白く描出される.その後腸間膜リンパ管に留置針を装着し(装着できない場合は腸間膜リンパ節に),そこからインドシアニングリーン(0.5 ~ 1ml/kg)投与することで乳び槽,胸管が手術中に確認しやすくなる.胸管結紮は,開胸し(犬の胸管は右側走行のため右側第8~10 肋間,猫の胸管は左側走行のため左側第10 肋間辺り)胸管の胸腔内尾側または横隔膜頭側付近で結紮することにより乳びの胸腔内漏出を防ぐようにする.ただし,胸管の分枝には多くのパターンがあるため,完全に結紮しきれない場合や胸管内圧上昇により側副路の形成または胸管自体から漏出現象が起こることもあり胸腔内にふたたび乳びが貯留することがある.そのため心膜切除(心膜肥厚などによる静脈圧の上昇を軽減し,リンパ管と静脈網の流れをよくする)や乳び槽切開(腹腔内にリンパ液を漏出させリンパ管内圧の上昇を抑える)を併用することで,より再発が少なくなる.ほかには腹腔内大網固定術(胸腔内に大網を入れ固定することによる乳びを吸収させる補助的治療),胸腔腹腔シャント(シャントチューブを設置し,胸腔内の乳びを受動的または能動的に腹腔内に流し除去する)などがある.乳び胸に対する治療方法は単一処置で改善されることもあるが多くは,いろいろな手技を組み合わせて処置した方が再発も少なく改善しやすいようである.最近では,肛門や膝下リンパ節からリンパ管造影による胸管の走行や漏出部位を確認したり,胸腔・腹腔鏡による内視鏡手術による乳び胸の治療も行われるようになってきている.


図2 胸腔より抜けた乳白色の液体(乳び)

キーワード: 犬,猫,乳び胸,胸管結紮