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獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編

獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編(日本獣医師会雑誌 第69巻(平成28年)第6号掲載)

イングリッシュ・コッカー・スパニエルの雄の10 歳齢が,散歩中に突然,右後肢を着かなくなったとの主訴で来院した.視診を行ったところ,起立時には右後肢を完全に挙上していた(図1).さらに歩行検査を行ったところ,患肢を常に挙上し,まったく着肢することができなかった.本症例には先天性の関節疾患の既往歴はなかった.また,触診や単純X 線検査を行ったところ,外傷性の脱臼や骨折は認められなかった.さらに,骨格系の腫瘍を疑う所見も得られなかった.何らかの関節疾患を疑い,疼痛管理の目的で非ステロイド系消炎鎮痛剤を投与したが,ほとんど効果がなかった.


質問1:本症例は,中~高齢の犬が散歩中に歩行異常を突然発症している.先天性の整形外科疾患,外傷性の脱臼及び骨折,骨格系の腫瘍が除外されるとすると,最も考えられる整形外科疾患は何か.

質問2:質問1 で解答した最も可能性の高い整形外科疾患を診断するために行う徒手診断法は何か.

質問3:本症例では,触診を含めこれらの検査で異常が認められなかったことと,非ステロイド系消炎鎮痛剤の効果があまり認められなかったことから,免疫介在性関節炎も疑った.免疫介在性関節炎を診断する際に必要な検査を挙げなさい.

質問4:本症例は,質問2 で解答した徒手診断を含む整形外科学的検査及び単純X 線検査に異常を認めなかった.また,質問3 で解答した検査を行ったところ,免疫介在性関節炎も否定された.このように,骨関節疾患または腫瘍による歩行異常でないと判断した場合に,次いで考えられる原因は何か.最も考えられる原因を挙げなさい.

質問5:質問4 で挙げた原因を診断するために,最も推奨される画像診断を挙げなさい.


図1 症例の外貌
解答と解説

質問1に対する解答と解説:
中~高齢の犬が,散歩という軽微な運動中,急性かつ重度の歩行異常を呈した際に最も疑われる整形外科疾患は,前十字靭帯の断裂である.犬の前十字靭帯は加齢とともに変性が生じ,軽微な運動でも損傷してしまうことがある.また,前十字靭帯断裂例の半数以上に内側半月の損傷が起こるため,その合併も考慮する必要がある.しかし,その他の靭帯・腱及び筋肉の損傷も否定できないため,系統立てた整形外科学的検査を確実に行う必要がある.また,犬で後肢の跛行を呈する可能性の高い,股関節形成不全や膝蓋骨脱臼の有無も念入りに検査しなければならない.単純X 線検査のみで,筋骨格系の腫瘍を完全に否定することはできないため,これらの腫瘍性疾患を疑った際には超音波検査やCT 検査を含めた追加検査を行う必要がある.


質問2に対する解答と解説:
前十字靭帯断裂を疑った時に行われる徒手検査は,脛骨前方引き出し試験(Cranial drawer test)と脛骨圧迫試験(Tibial compression test)である.これらの検査で脛骨の前方変位が認められたときは,前十字靭帯の断裂が示唆される.しかし,慢性例や部分断裂例では,これらの検査で「陰性」になることが多いので,単純X 線検査を行い関節液の貯留を示すFat pad sign の存在や骨増殖体の有無を評価することが重要となる.


質問3に対する解答と解説:
免疫介在性関節炎を診断する際には,血液検査,単純X 線検査,関節液検査を行うことが一般的である.血液検査では,全血球計算(CBC),蛋白分画,C 反応性蛋白(CRP),リウマチ因子(RF),抗核抗体(ANA)の評価が鑑別診断に有効である.犬の免疫介在性関節炎は,手根関節や足根関節が好発部位であるので,これらの関節を中心とした単純X 線検査や関節液検査を行う.関節液検査を行う際には,最低でも3 関節以上で行うことが推奨されている.関節液検査を行った際に,液量の増加や粘稠性の低下が認められ,好中球の割合が高い時には,変形性関節症ではなく免疫介在性関節炎が強く疑われる.


質問4に対する解答と解説:
中~高齢の犬が急性の歩行異常を呈し,骨関節疾患が否定された際に最も可能性が高いのは「神経根徴候」による歩行異常である.その場合に犬で最も多いのは,変性性腰仙椎狭窄症(DLSS)による神経根圧迫に起因する歩行異常である.また,第4 腰椎以降の椎間板ヘルニアによっても同様の症状が認められることがある.このような症状を呈する症例では,神経学的検査で異常を認めないことも多いので,結果の解釈には注意が必要である.


質問5に対する解答と解説:
変性性腰仙椎狭窄症(DLSS)や尾側腰椎の椎間板ヘルニアを診断するための最も優れた画像診断ツールは,核磁気共鳴画像(MRI)である(図2).本症例でMRI 検査を行った結果,図に示すように変性性腰仙椎狭窄症(DLSS)が認められた(矢印).本症例では,DLSS に対する治療を行ったところ症状が改善し,現在はまったく症状が認められなくなった.

このように,触診や単純X 線検査で後肢に異常を認めず,骨格系腫瘍や免疫介在性関節炎が除外された時には,神経の傷害によって歩行異常が生じることも常に頭に入れておく必要がある.今回のQ&Aが明日からの診療の一助となれば幸いである.


図2 MRI 所見

キーワード: 整形外科疾患,神経疾患,犬,前十字靭帯断裂,変性性腰仙椎狭窄症