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獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編

獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編(日本獣医師会雑誌 第69巻(平成28年)第9号掲載)

症例:日本猫,12 歳,避妊雌,体重4.05kg.以前からよく吐く猫だったが,最近嘔吐する回数が増えたという主訴で来院した.

初診時身体検査所見と経過:食欲・元気もあり,栄養状態にも異常はみられなかった.排便・排尿も正常であり,腹部の触診でも特に異常は認められなかった.血液検査でも特に異常が認められないことから,食餌の変更を指示して経過を観察した.ウエットフードからドライフードに変えたところ一時的に嘔吐は治まったが,約1 カ月後再び嘔吐の回数が増えたという主訴で来院した.

再診時身体検査所見:嘔吐以外に症状はなく,体重減少もほとんどみられなかった.再度確認した血液検査でも特に異常は認められなかった.探査的に行った胸部及び腹部単純X 線検査でも特に異常は認められなかった(図1).


質問1:猫に間欠的な嘔吐を引き起こす可能性の高い疾患について述べよ.

質問2:本症例に対して次に行うべき検査をあげよ.


図1 腹部単純X 線側面像.LL 像及びVD 像ともに明らかな異常は認められなかった.
解答と解説

質問1に対する解答と解説:
下痢が認められず,嘔吐だけがみられた場合,上部消化器の疾患を考慮する.口腔内の視診,単純X線検査による喉頭部,食道の異常,前胸部の腫瘍の有無などを確認する.異常が認められなければ,胃及び小腸の疾患が疑われる.感染症としての胃炎や寄生虫病,代謝性疾患としては腎疾患,肝疾患,内分泌疾患,炎症性疾患としては炎症性腸症,好酸球性胃炎や腸炎などが考えられる.閉塞性疾患としては異物による不完全腸閉塞があげられる.猫では特にひも状の異物による不完全腸閉塞が多い.また消化管に生じた腫瘍性疾患も考えられる.


質問2に対する解答と解説:
腹部超音波検査,胃及び十二指腸の内視鏡検査,バリウム造影検査.これらの検査の中でも,外来でのスクリーニングとして推奨されるのは腹部超音波検査である.

本症例の腹部超音波検査では,小腸の一部に食塊を取り巻くように三日月型のエコーフリーな腫瘤陰影が認められた.短軸像でこの陰影の一番厚いところを計測したところ約5mmであった(図2).同時に超音波ガイド下で,FNA による細胞診を行ったところ,大小不同のリンパ球が認められた(図3).これらの検査所見から,本症例を腸管に発生したリンパ腫による不完全腸閉塞と暫定診断した.なお,本症例では腹部超音波検査でほぼ診断がついたことから,時間のかかるバリウム造影検査は行わなかった.


本症例の経過:
上記の検査結果をもとに,飼い主に手術とその後に実施する抗癌剤治療の詳細な説明をして,インフォームドコンセントを得た.ただちに開腹手術により小腸の腫瘍を摘出し,病理学的検査及び遺伝子検査を行った(図4).これらの検査により本症例のリンパ腫は,B 細胞性の低分化型リンパ腫と診断された.手術から3 カ月経過した現在,症例の一般状態は良好であり,抗癌剤による治療を継続中である.


図2 腹部超音波検査所見
小腸の短軸像では腸の内容物を取り囲むようにエコーフリーな腫瘤が認められた(矢印).
図3 FNA による細胞診では,核仁明瞭な大小不同のリンパ球が認められた.
図4 手術時の所見
腹部超音波検査で認められた腫瘤(矢印).

キーワード: 猫,嘔吐,腸閉塞,リンパ腫