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獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編

獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編(日本獣医師会雑誌 第69巻(平成28年)第12号掲載)

症例:トイ・プードル,4 カ月齢,雌.

主訴:他院にてワクチン接種を目的に受診した際,心雑音を指摘され本院に来院した.

一般身体検査所見:体重2.6kg(B.C.S.:3),T38.5℃,症例は一般状態に異常はないものの,聴診にて左前胸部を最強点とするLevine3/6の連続性雑音を聴取した.

胸部単純X 線検査所見(図1):症例は心陰影の拡大が認められ,肺血管紋理の増強が認められ肺循環の増大が示唆された.

心エコー検査所見(図2):動脈管を介して肺動脈内に短絡する血流が認められた.また,左心室の遠心性肥大が認められた.


質問1:検査の結果から本症例は動脈管開存症(PDA)と診断した.PDA に関して正しいものはどれか.

  • a.PDA は生後に閉鎖すべき動脈管が開存維持されることで生じる先天性心疾患であり,犬での発生は非常にまれである.
  • b.チワワやトイ・プードルなどの小型犬に好発し,性差は認められない.
  • c.無治療の場合でも半数以上が長期間生存する.
  • d.通常,動脈管を介して大動脈から肺動脈へ短絡(左- 右短絡)するが,逆に右- 左短絡を呈する病態をアイゼンメンジャー症候群と呼ぶ.


質問2:本症例の治療方針として正しいものはどれか.

  • a.無治療
  • b.血管拡張剤や利尿剤による内科治療
  • c.定期的な瀉血による内科治療
  • d.外科的な動脈管閉鎖術


質問3:PDA の外科治療に関して正しいものはどれか.

  • a.動脈管結紮術は縫合糸を用いて動脈管閉鎖する方法であり,小型犬への適応は危険である.
  • b.経カテーテル塞栓術は血管を介して動脈管に栓子を留置する治療法であり,動脈管結紮術に比較して低侵襲である.
  • c.動脈管結紮術と経カテーテル塞栓術の治療成績はともに高いものの,予後は経カテーテル塞栓術が勝る.
  • d.アイゼンメンジャー症候群に対しては経カテーテル塞栓術が適応となる.


図1 胸部単純X 線検査
a:RL 像(VHS:10.8v) b:VD 像(CTR:65.3%)
図2 心エコー検査
左胸壁からの大動脈弁レベル短軸像において動脈管から肺動脈内に連続的に流入する血流が確認できる(AO:大動脈,RA:右心房,RV:右心室,PA:肺動脈).
解答と解説

質問1に対する解答と解説:
正解:d
PDA は胎生期の肺循環の迂回路としての役割を担う動脈管が出生後も開存していることで生じる先天性心疾患である.犬においてはもっとも一般的な先天性心疾患であり,小型犬種に好発する.PDAは性差が認められ7 割程度が雌での発生である.PDA の予後は悪く無治療の場合,半数以上が1 歳未満で死の転帰をたどる.

PDA は通常,高圧系である大動脈から動脈管を介して低圧系である肺動脈へ短絡(左- 右短絡)するが,肺への負荷が進行することで二次的な肺高血圧が誘発され肺動脈圧が大動脈圧を凌駕すると右- 左短絡を生じる.本病態はアイゼンメンジャー症候群と呼ばれ,動脈管を介して酸素化されていない血液が動脈を灌流することで二次的な赤血球増多症を誘発する.


質問2に対する解答と解説:
正解:d
PDA 症例の70%が1 歳未満で心不全を発症し未治療の場合,多くが1 年未満に死の転帰をとることから積極的な治療が必要となる.本症例においても短絡による容量負荷を生じていることから治療が必要と判断される.PDA の治療には外科的な動脈管閉鎖術が適応となる.内科的な利尿剤やACE 阻害剤の投与は心負荷軽減には役立つものの効果は限定的である.瀉血はアイゼンメンジャー症候群によって引き起こされる赤血球増多症による血液粘稠度亢進への緩和ケアとして有用であるものの,左-右短絡症例への治療法としては適応しない.


質問3に対する解答と解説:
正解:b
PDA の外科治療には動脈管を縫合糸で閉鎖する動脈管結紮術と末梢の血管からカテーテルを用いて栓子を留置する経カテーテル塞栓術が一般的に選択される.動脈管結紮術は動脈管を直接剝離して縫合糸を設置する直接法と,縫合糸を大動脈背側に迂回させてから脆弱な動脈管に設置するジャクソン- ヘンダーソン法が選択されている(図3).動脈管結紮術は症例の体格,動脈管の形態を選ばず実施することができる利点があるものの,開胸の必要があり手術侵襲は比較的大きい.経カテーテル塞栓術はおもに大腿動脈からカテーテルを用いてダクロン・ファイバーが付いた螺旋状のコイルを動脈管内に留置するコイル・オクリュージョン法と2 枚のディスク状に形成されたワイヤーメッシュを動脈管内に留置するAmplatz® canine duct occluder 法によって動脈管を塞栓する(図4).経カテーテル法は開胸の必要がなく低侵襲で実施可能な治療法である.しかしカテーテルを通過させるための血管径が必要であるため体格の小さな犬では適応が難しく,逆に栓子の大きさを超える太い動脈管にも適応できない.また,栓子を動脈管内に留めておくためには動脈管に「くびれ」が必要であり形態によっては適応とならない.治療成績は動脈管出血などの重度合併症では動脈管結紮術で発生が多く,経カテーテル塞栓術では残存血流の発生が多いものの両者の死亡率に差はなく,ともに良好であり両者ともに長期予後も良好である.

アイゼンメンジャー症候群を呈した症例に関しては動脈管が高圧状態にある右心系血流の「安全弁(排水弁)」として機能しているため動脈管の閉鎖は禁忌である.


図3 ジャクソン- ヘンダーソン法による動脈管結紮術
動脈管尾側から大動脈背側に通過させた縫合糸を動脈管頭側から挿入した鉗子を用いて確保している.脆弱な動脈管を迂回することで出血などの合併症を回避する(AO:大動脈,PA:肺動脈,←:動脈管).
図4 コイルオクリュージョン法による経カテーテル塞栓術(X 線造影)
設問の症例は大腿動脈から挿入したカテーテルを用いて動脈管内にコイル状の栓子を留置した.栓子設置後,大動脈から造影剤を注入し動脈管の閉鎖を確認している.

キーワード: アイゼンメンジャー症候群,犬,経カテーテル塞栓術,動脈管開存症,動脈管結紮術