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獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編

獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編(日本獣医師会雑誌 第70巻(平成29年)第4号掲載)

症例:雑種(ミニチュア・ダックスフンド×チワワ),3 歳11 カ月齢,避妊雌,体重2.64kg.

主訴:元気食欲の軽度減退,嘔吐,右腹部の腫脹.

一般身体検査:触診にて右腹腔内に腫瘤性の病変が触知され,疼痛が認められた.

X 線検査:腹部単純X 線検査において右腹腔内に腫瘤性の陰影を認めた(図1).

腹部超音波検査:右腎及び近位尿管の拡張(図2A)とその尾側に不整で混合パターンを示す腫瘤が認められた(図2B).

血液検査所見:白血球数(WBC)は25.1×103μl,CRPは7.51mg/dl と,ともに高値を示した.

CT 検査所見:右腎尾側の不整形な腫瘤性病変(1.3×2.5×2.0cm)を認め(図3A),右腎は拡張(6.7×5.1×4.8cm)しており右尿管は腎臓から腫瘤の間で拡張し腫瘤との境界は不明瞭であった.腫瘤尾側には子宮と思われる管腔構造が連続し,右臀部皮下へと続く瘻管と思われる構造(図3B)も確認された.単純CT 検査において右腎尾側の腫瘤内部にわずかに白く描出される(高いCT 値を示す)小さな点(図3C)が認められた.


質問1:本症例で疑われる疾患は何か.

質問2:本症例で想定される疾患に対する治療法は何か.

質問3:本症例で想定される疾患の予後について答えよ.


図1 腹部単純X 線検査(VD 像)
右腹部に腫瘤性陰影(矢頭)を認めた.
図2A 腹部超音波検査
右腎及び近位尿管の拡張がみられた.
図2B 腹部超音波検査
右腎尾側に腫瘤性病変(矢頭)が認められた.
図3A 造影CT 検査所見
右腎尾側に腫瘤性病変(矢頭)が認められた.腫瘤近傍には拡張した尿管(矢印)がみられる
図3B 造影CT 検査所見
腫瘤性病変から右臀部皮下へとつながる瘻管と思われる構造(矢頭)が認められた.
図3C 単純CT 検査所見
腫瘤性病変内に白い点状の変化(矢印)がみられる.
解答と解説

質問1に対する解答と解説:
子宮に連続すると思われる腫瘤性病変が認められること,卵巣摘出術の手術歴があること,WBC 及びCRP が高値であることから,縫合糸反応性肉芽腫が最も疑われる.単純CT 検査にて腫瘤内に白くみえる小さな変化は縫合糸と考えられ,実際に摘出した組織内において縫合糸が発見された.

縫合糸反応性肉芽腫の好発犬種はミニチュア・ダックスフンドであり,発症年齢の中央値は3.5 歳齢,避妊手術から仮診断されるまでの期間の中央値は2 年(範囲:0.3 ~ 4.3 年)であったとの報告がある.臨床症状は,元気消失,食欲不振,体重減少,発熱などの非特異的症状が主体であり,嘔吐や下痢など消化器症状を伴う症例もある.瘻管を伴う皮下腫瘤や多発性・結節性の皮下腫瘤(脂肪織炎)などもみられる.血液検査ではWBCの増加,CRP の上昇がよくみられる(それぞれ55%と82%の症例にみられたとされる).腹部単純X 線検査では腫瘤性病変を確認できることもあり,腎臓の腫大を認めることもある.腹部超音波検査では周囲脂肪組織の輝度亢進を伴う混合パターンの腫瘤性病変がみられ,石灰沈着を示唆する不透過像がみられることもある.本症例での検査所見はこれらとよく一致しており,摘出された腫瘤性病変の病理組織学的所見から縫合糸反応性肉芽腫と確定診断された(図4).


質問2に対する解答と解説:
縫合糸反応性肉芽腫に対する治療として,外科手術による縫合糸や腹腔内腫瘤の完全切除があげられる.一方で,腫瘤が消化管,脾臓,尿路系などを巻き込んでしまっている症例では,腫瘤性病変の摘出だけでなく,消化管部分切除・吻合術,脾臓の部分または全摘出術,膀胱部分切除術,腎臓摘出術が必要となる場合や,尿路変更,結腸造瘻術(人工肛門設置)まで必要となることもある.また周囲組織への重度の癒着,後大静脈等の巻き込み,播種性の病変など完全切除が困難な場合もある.摘出される腫瘤の病理組織像は肉芽腫性炎症を示す炎症組織であり,多くで縫合糸と思われる異物が確認でき,それらは絹糸であることが多い.本症例では子宮断端に発生した腫瘤が右尿管を閉塞し,十二指腸など周囲組織へ癒着していた(図5A)ため,癒着部を分離したのち,右腎,右尿管,子宮ごと腫瘤を摘出した(図5B).

完全切除が困難で部分切除となった症例や手術不適応の症例では内科治療を行う.ステロイドやアザチオプリン,レフルノミド,シクロスポリンなどの免疫抑制剤にてコントロールを行うが,腫瘤性病変や他の免疫関連の炎症性疾患の検出においてCRP の変動は良いマーカーとなることが多い.完全切除を行った症例であっても症状の再燃や再発することがあり,再手術あるいは内科療法で治療を継続する.


質問3に対する解答と解説:
外科的に腫瘤性病変を完全切除できたと考えられた症例20 例のうち11 症例で,術後に免疫抑制療法を必要とする再発や脂肪織炎,肉芽腫性胃腸炎など他の疾患の続発がみられた.摘出の際に非吸収性縫合糸や金属製クリップを用いても再発がみられた例や,術後のワクチン接種により肉芽腫形成された例もある.これら11 症例のうち10 例がミニチュア・ダックスフンドであったと報告されており,ミニチュア・ダックスフンドは縫合糸反応性肉芽腫の好発犬種だけでなく,腫瘤を完全切除できてもその予後には注意が必要と考えられる.また完全切除できなかった症例や手術不適応の症例の場合には免疫抑制療法によるコントロールが難しく,予後不良となることが多い.


図4 病理組織学的検査所見
腫瘤内部には縫合糸と思われる異物(矢印)が存在し,その周囲には広範囲にわたって形質細胞,好中球,リンパ球,マクロファージの浸潤及び膠原線維の増生が顕著に認められる.
図5A 術中所見
腫瘤は十二指腸,右腎など周囲組織と癒着(矢印)していた.
図5B 摘出された組織
腫瘤は右腎,右近位尿管,子宮と一括して摘出された.

キーワード: 縫合糸反応性肉芽腫,CRP,ミニチュア・ダックスフンド