獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編(日本獣医師会雑誌 第70巻(平成29年)第10号掲載)
症例:犬,11 歳9 カ月齢,雌,体重25kg.
経過:交通事故後,後肢起立不能となり来院した.X 線検査にて左腸骨,右仙骨,坐骨及び恥骨に骨折を認めた(図1).また,CT 検査からは,多発性の椎間板ヘルニア及び馬尾症候群を疑う椎体間の狭窄を認めた.来院3 日後,右仙骨及び左腸骨骨折の整復を行い,術後11 日目には,右後肢を使い,辛うじて立位をとれる状態であったが,顕著な疼痛はなく,退院して経過観察とした.しかし,術後41 日目の再診時においても歩様の改善が認められなかったことから,入院管理下でのリハビリテーションを行うこととした.
入院時検査所見::全身状態は良好で,BCS(ボディコンディションスコア)は3 であったが,自力での起立は依然困難で,右後肢で立ち上がろうとするが,左後肢を着地できずに倒れる状態であった.また,座っている間は臀部をつき,両側を伸展させた姿勢を取ることが多くみられた(図2).触診では左股関節の伸展痛が認められ,股関節の可動域は左が60~110°,右股関節が60~120°であった.また,大腿周囲径は左25cm,右27cm と,左右差が認められた.
X 線検査:骨折部位の整形外科的修復は良好で,明らかな合併症は認められなかった(図3).
神経学的検査:左後肢の姿勢反応低下,左右後肢の脊髄反射亢進がみられた.
質問1:再診時に最も疑われる疾患は何か.
質問2:10 日間入院するとした場合のリハビリテーションプログラムを立案しなさい.
解答と解説
質問1に対する解答と解説:
本症例は左右後肢に異常が認められ,術前のCT検査から多発性の椎間板ヘルニアや馬尾症候群も疑われるが,左側大腿周囲径が右側と比較して2cm縮小しており,左側の末梢神経障害も疑われる.また,手術部位や左股関節の伸展時疼痛も認められたことと併せて,左側の坐骨神経障害が最も疑われる.
質問2に対する解答と解説:
リハビリテーションプログラムを組む場合,まずプロブレムリストの作成と,それに見合った目標設定を行う必要がある.本症例は,自力での起立及び歩行が困難であり,左後肢の坐骨神経障害が疑われ,股関節の伸展制限及び右後肢と比較して,左後肢の筋肉量低下を認めている.ほとんどのリハビリテーションに共通する目標は,疼痛の緩和,関節可動域制限の解除であり,神経障害がある場合はまず,感覚入力の強化訓練を行った後,運動訓練へと移行する.プログラム全体については,動物の状態をみながら流動的に変化せざるを得ないが,本症例の当初プログラムとしては,股関節の疼痛に注意しながら,伸展制限の解除及び左後肢の固有位置感覚の増強を軸とするべきである.関節可動域の解除は,1 日1 度程度の拡大を目標とし,股関節のストレッチを5~10 分,1 日2~3 回行う.伸展時疼痛が生じない範囲で行うことが重要である.固有位置感覚の強化については,立位を取らせた状態で左後肢を柔らかいマットやタオルなどに接地させ,患肢に体重移動させる.5 ~ 10 分を1 日2 回行う(図4).また,トレーニング前後に全身的なマッサージやストレッチを行うことは,ウォーミングアップや動物の緊張を和らげることにもつながり,推奨される.
これらのトレーニングを達成できるようになれば,補助をつけながら,起立訓練を行うと効果的である(図5).本症例においては,入院初日より補助下で起立訓練が可能であったため,1 回10~20セット,1 日2 回のプログラムを組むこととした.この際,股関節が過度に伸展しないよう補助を行う.補助下で安定して立位をとれるようになった後,上記トレーニングと並行して,筋力増強トレーニングを導入する.バランスボールの上など,より不安定な場所で補助をしながら立位を取らせ,後肢で体重を支えるトレーニングを行う(図6).本症例では,開始5 日後から,1 日2~3 分程度行い,10日目までに,1 日5 分,2 回のトレーニングを行った.
当初プログラムにはないが,自力での立位を安定してとれるようになった場合,補助下での歩行運動を導入してもよい.本症例では,退院前に免負荷式トレッドミルトレーニングを導入し,股関節の過伸展が起こらない範囲で補助を行いながら歩行訓練を行った(図7).
退院時の股関節の伸展時可動域は左が120°,右が130°で,大腿周囲径は左後肢27cm,右後肢29.5cmに増大した.自力起立が可能で,滑りやすい地面でなければ,歩行可能な状態で退院となった.
キーワード: 犬,リハビリテーション,骨盤骨折,坐骨神経障害,関節可動域