獣医師生涯研修事業Q&A 小動物編(日本獣医師会雑誌 第72巻(令和元年)第2号掲載)
症例は,室内で飼育されている雑種猫で9 歳齢の避妊雌である.5 種混合ワクチンを定期的に接種済みであり,市販のドライフードが給与されていた.約10 カ月前に,左側の下腹部~大腿内側部において,散在性で強い瘙痒を示唆する(頻繁に舐めている)皮膚病変が発生したことで近医を受診した.
当初,抗菌薬と抗ヒスタミン薬の投与で一時的な皮膚病変の縮小を認めたが,その後は再発を繰り返し,抗菌薬の変更にも反応がなく,皮膚病変の拡大により紹介受診した.
左側下腹部~大腿内側に,脱毛と紅斑を伴った類円形の滲出性で隆起した皮膚病変が散在していた(図1).
病変部周囲の毛検査では,毛幹部~先端部で断裂した状態が多数観察された(図2).血液検査の結果は表のとおりであり,血液生化学的検査に異常は認められなかった.病変部スタンプ標本をDiff Quik 染色したものは,図3 に示すとおりだった.
質問1:最も疑うべき疾患は何か.
質問2:臨床診断はどのようにすればよいか.
質問3:治療はどのように行えばよいか.
解答と解説
質問1に対する解答と解説:
この症例で最も疑われるのは,好酸球性肉芽腫症候群である.「好酸球性肉芽腫症候群」は特定の皮膚疾患を指すものではなく,アレルギーの関与を背景とした疾患群であり,病変部に好酸球の浸潤を認めることがある.好酸球性肉芽腫症候群には好酸球性プラーク(好酸球性局面),無痛性潰瘍,そして好酸球性肉芽腫(線状肉芽腫)の3 タイプが存在し,それぞれで形成される病変は特徴的である場合が多い.
本症例の下腹部~大腿内側における皮膚病変は,好酸球性肉芽腫症候群では最も一般的なタイプの好酸球性プラークであり,典型的な病変である隆起と湿潤,脱毛,紅斑が観察される.激しい瘙痒を伴うのが一般的であり,それを示唆する所見として病変部とその周辺を頻繁に舐めたり噛んだりする行動があり,その結果として図2 にみられるような被毛の断裂が生じる.皮膚病変は部位や経過期間,各症例による違いがあり,図4 及び図5 のように隆起が軽度であるものや湿潤がごく軽度の場合もある.通常,図3 でみられるように皮膚病変部の細胞診で多くの好酸球が観察されるが,慢性病変では二次感染により細菌と好中球(変性好中球を含む)が優勢となる.本症例のように,好酸球性プラークでは末梢血における好酸球数の増加もみられることがある.
好酸球性肉芽腫症候群における好酸球性プラーク以外のタイプについて簡単に触れれば,無痛性潰瘍は,犬歯が当たる上唇の口腔粘膜から潰瘍形成が始まり(図6),食欲の低下は認められないのが一般的である.細胞診では好中球やマクロファージが主体であり,好酸球が観察されることはまれである.また,末梢血の好酸球数の増加もみられないことが多い.もう一つのタイプである好酸球性肉芽腫(線状肉芽腫)は単発性であり,大腿部尾側や側腹部における脱毛と隆起して硬い紅斑を伴った線状のプラークや結節を特徴とし,一般的に瘙痒はない.舌や硬口蓋にプラークを形成することがあり,その場合は嚥下障害を示すことがある.病変部における好酸球浸潤や末梢血の好酸球数増加がみられることがある.
質問2に対する解答と解説:
通常,隆起した湿潤性の皮膚病変と激しい瘙痒は,猫の好酸球性プラークの診断を強く示唆する特徴的所見であり,細胞診における多数の好酸球出現や末梢血の好酸球数増加も本症の診断を支持する所見である.また,各種抗菌薬の投与だけでは反応性に乏しいことも診断の一助となる.したがって,激しい瘙痒があることの聴き取りと皮膚病変の注意深い観察,さらに細胞診が重要であり,病変部の病理組織学的検査は一般的に必要としない.背景としてアレルギーの関与が疑われていることから,抗原特異的IgE の測定は,治療に何らかの有用な情報を提供する可能性がある.同時に,猫においてアレルギー反応を誘導する可能性が示されている環境アレルゲンや内部寄生虫及び外部寄生虫(特にノミ咬傷と蚊の刺傷),食物,さらには心因的な要因の有無などについて,確認することも治療の面からは重要である.
質問3に対する解答と解説:
病変部は,猫がざらざらした舌で頻繁に舐めることで悪化することから,エリザベスカーラーの装着が望ましい.推測される原因が存在する場合は,それらに対する処置を実施する.対症療法の開始としては,外用のヒドロコルチゾンアセポン酸エステルを皮膚病変部に1 日1 回,7 日間スプレーすることやプレドニゾロンの1.0 ~ 2.0mg/kg を1 日1 回7 日間投与し,その後は同量の隔日7 日間投与が推奨されている.いずれも二次感染がある場合は,セファレキシンの20.0mg/kg,1 日2 回14 日間投与を併用する.以上の治療に反応が乏しい症例に対しては,シクロスポリンの5.0 ~ 7.0mg/kg,1 日1 回投与を実施する.必要に応じて,寄生虫の駆除やフードの変更を考慮する.
参考文献
- [ 1 ] Bloom PB : Canine and feline eosinophilic skin diseases, Vet Clin N Am-Small, 36, 141-160 (2006)
- [ 2 ] Buckley L, Nuttall T : Feline eosinophilic granuloma complex, J Feline Med Surg, 14, 471-481 (2012)
- [ 3 ] Hnilica KA : Hypersensitivity disorders, Small Animal Dermatology, Hnilica, KA ed, 3rd ed, 175-226, Elsevier Saunders, Canada (2011)
キーワード: 好酸球,アレルギー,プラーク,局面,瘙痒,猫